可愛らしさの欠片もない
…はぁ、はぁ、はぁ。ん゙、はぁ、はぁ…。
息が苦しい。…きっと走ったせい。
はぁ。……。だけじゃない…。もう足が思うように運ばない。
アパートに帰りついた。
予定より早く帰って来た。きっと甲斐さんは、まだまだ来ない。
カツン、カツンと塗装の剥げかかった階段をゆっくり上がった。こうやって踵の硬いヒールで歩くと煩くしてしまうから困る。
あ。
部屋の前に甲斐さんが居た。あれだけ気を遣って階段を上がって来たのに、コツコツコツと音を立てもう走っていた。
胸に思い切り抱きついた。
「…甲斐さん、…早いよ」
…はぁ。
「そっちだって。早く帰れたのか?」
あー、さっきのメール、このことだったのかもしれない。
「私は…。お腹一杯になったから帰って来ちゃった」
「フ、随分自分勝手だな、いいのか?大丈夫な人なのか?」
まだドキドキしている。
「……多分。…どちらも、とても大人なので…我が儘は許してくれます」
早く帰ることには問題はない。
「んー、まあ、よく解らないけど、非常識なことをしてないのならいいさ」
非常識、して来ました。
「入ろうか」
きっと早めに行けそうだという内容に合わせて急いで帰って来たと思ったんだ。
「あ、は、い」
「どうした?」
…。やっぱり挙動不審、なのかな。
「まあ、中で聞こうか」
はい。コクンと腕の中で頷いた。
…怖い。なんだか、何もかも、崩れていきそうな気がした。
荷物を下ろして腰かけた。あ。
肩を抱かれた。
「…ご飯、本当に要らないんですか?」
完全に別の話、誤魔化しの会話だ。
「ん?ああ、要らない」
「それは、本当に?」
「どうした?本当だ」
顔を見られた。…あ、今は、顔を見られたくないかも。
「あ……、あの、私に気を遣って、作ろうとしなくていいって意味で言ってくれてるとかじゃない?食べてないのに要らないって言ってるんじゃない?」
「どうした。優李」
応えてくれない。同じ返事は繰り返さないってことかな…。それより、聞きたいのはこっちだって、そういう感じ…。
「…何でもない。私、言われても急には作れないし。ごめんなさい、いつも気ままに作ってるから。段取りだって悪いから待たせてしまうだろうし。美味しくないかもしれないから…」