旦那様は懐妊初夜をご所望です~ワケあり夫婦なので子作りするとは聞いていません~
景虎は冷静な顔をして、腰を上げる。私は咄嗟に彼の袖を掴んでいた。
「ねえ、やっぱり景虎はあの人を知っているんじゃない?」
「不審者に知りあいはいないよ」
優しく私の手を離させた景虎は、うっすらと微笑みを浮かべる。
「そうだ。今日は帰りが遅くなりそうなんだ。先に休んでいてくれ。施錠はしっかりとな」
「あ、うん……」
「心細かったらお義母さんに来てもらえ。まだ顔色が悪い」
私の頬を触る彼の手が、いつもよりぎこちないような感じがしたのは、気のせいだろうか。
彼は手を離し、医務室から出て行った。私はまた大事なことを聞けなかった。
あの男はいったい何者なんだろう。考え始めると頭痛がする。でも、いつまでもこのままじゃいられない。
「景虎……」
男の正体をはっきりさせないといけない。そう思う一方で、記憶を取り戻すことで、新しく作り上げた景虎との関係が壊れてしまいそうで、私は恐れを感じた。
ただ、好きなひとと何気ない毎日を送っていきたいだけなのに。それさえもままならない。
彼が出て行ったあと、ぎゅっとシーツを握りしめた。何かが変わっていく予感が、私を苦しめていた。