旦那様は懐妊初夜をご所望です~ワケあり夫婦なので子作りするとは聞いていません~
先生が細い目でじっと私を見つめる。
「これは?」
トントンと病室のテレビを叩く先生。
「テレビです」
「これは?」
胸ポケットから出されたものを見て、私は答える。
「ボールペンでしょ?」
「物の名前はわかる、と。じゃあ、朝起きてから家を出るまでにすることを教えてください」
いったいなんの質問だろう。それよりクッキーの安否が気になる。
「んと、起きたら顔洗ってメイクして、食事して……」
ぼそぼそと説明すると、先生が口を挟む。
「電車の乗り方はわかります?」
「スマホを改札機に当てて……って、どうしてこんな当たり前のこと答えなきゃいけないんですか」
「そういった記憶もちゃんとある、と」
先生は私の質問に答えず、「ふむ」と手を顎に当てて考え込む仕草を見せた。
「どうやらエピソード記憶の一部が抜け落ちてしまったようですね」
「エピソード記憶?」