嫁入り前夜、カタブツ御曹司は溺甘に豹変する

 
「それ終わったらこっちも洗っておいて!」

 お見合いの席でのやりとりを思い出していたところに声がかかって、洗い物をする手を動かしながら威勢よく返事をする。

「はい!」

 私、香月(こうげつ)花帆が勤めている老舗和菓子店『朝霧菓匠』の工房では、今日も朝早くから従業員たちが忙しなく動き回っている。

 ここにいる全員が一人前の和菓子職人を目指し、過酷な重労働に負けず働いているのだと思うと自然と意欲がみなぎった。

 入社したらすぐに和菓子の作り方を教えてもらえるわけではない。

 餡炊き三年、蒔炊き五年などと言われ、少なくとも八年は下積みに必要とされている。数年間は掃除や洗い物、配達などの雑用や、小豆を洗うなど和菓子の材料の下処理といった仕事が中心になるのだ。

 製菓学校を卒業し、入社してまだ二週間。あたり前だが調理器具などの洗い物と掃除しかやらせてもらっていない。

 ずっと下を向いていたから肩が凝ってきた。頭を起こして首を後ろに反らす。少し離れたところで先輩の阿久津鷹哉(あくつたかや)さんがあくびを噛み殺しているのが視界に入った。
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