嫁入り前夜、カタブツ御曹司は溺甘に豹変する
「だから、本来なら杏太が朝霧の正式な跡継ぎなんだ」

「それは違うんじゃないの? 秋正さんにとってはふたりとも孫なんだし」

 仁くんの考えがよく理解できなくて小首を傾げる。

「むしろ職人になりたくない杏ちゃんにとって、仁くんがいてよかっただろうし、社長や弥生さんにしても、仁くんがいなかったらすごく困ったはずだよね」

 社長のように、秋正さんの一番弟子がいればまたなにか変わったかもしれない。しかし現在の朝霧菓匠には仁くんの右に出る者はいない。

 必要とされているのに、どうしてそんな暗い顔をしながら話をするのだろう。

「もしかして、仁くんも跡を継ぎたくなかった?」

「それはない」

「それならなんの問題もないよね? どうして私と結婚するのに、養子かどうかが関係するの?」

 仁くんは伏し目になって口を噤んだ。

 いけない。ずけずけと踏み込んで質問ばかりしちゃった。

「ごめん。なにも知らないのに勝手なこと言って」

「それはいいんだ。むしろ結婚したら家族になるのに、今日まで黙っていて悪かった」

「いいよ。話しづらかっただろうし」

「むしろ話しづらいのはここからだ」

 小さく息をついてから、仁くんは自身の生い立ちについて話してくれた。これまで平凡な人生を歩んできた私にとって、それはあまりに辛く悲しいもので。

 気の利いた言葉すらかけられないし、むしろ気休めの言葉なんてこの場にそぐわない。

 こういうのは当事者にしか分からない苦しみがある。私は仁くんの苦しみの半分も理解してあげられない気がした。
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