嫁入り前夜、カタブツ御曹司は溺甘に豹変する
「楽しみだね、花帆!」

「そうだね」

 仁くんの話題になるべく動揺を面に出さないようにしたつもりだったけれど、顔と声が強張ってしまったのか速攻でふたりに突っ込まれる。

「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。ただ見学させてもらうだけなんだから」

「そうだよ花帆。あの寡黙な朝霧さんだもの。新人を取って食うなんて考えられない。あっでも、朝霧さんになら食べられてもいいなぁ」

 仁くんは朝霧菓匠の常務取締役という立ち位置だが、堅苦しく常務と呼ばれたりせず、朝霧さんや若旦那と呼ばれている。

 うっとりと乙女の色を滲ませた萌を、阿久津さんは呆れた顔で眺めた。

「足立さん、まさかそんな不純な動機でここに入社してないよね」

「そんなわけないじゃないですか。ただのジョークですよ。でも、朝霧さんの作る和菓子には惚れていますけどね」

「あれは惚れちゃうよねぇ」

 頭を縦に振り、深く同意を示した阿久津さんに苦笑いがこぼれた。

「しかもあれを作った朝霧さんもすっごくかっこいいし! 憧れるわぁ」

 阿久津さんはその屈強な見た目とは裏腹にとても乙女なのである。仕事中はなりを潜めていても、こうしたふと瞬間におねえっぽい口調になるし、仕草が女性らしいなと感じることもしばしば。

 本人も自覚していて、姉三人に囲まれて育ったせいだと話していた。
< 15 / 214 >

この作品をシェア

pagetop