嫁入り前夜、カタブツ御曹司は溺甘に豹変する
「沙倉さんって、漢字は花の桜じゃないけど、どういう意味があるのかな」

 急な話題転換に不思議そうにしながら仁くんは虚空を仰いだ。

「四月生まれだから桜にしようとしたけど、いろいろ考えているうちに音はそのままに、漢字だけ変えたと聞いている」

「もしかして弥生さんは三月生まれ?」

「その通り」

 ふたりとも春生まれなのか。ちなみに私は四月二日生まれ。

 二十一歳の誕生日は、お見合いや引っ越し、新社会人として慌ただしく過ごしているうちに過ぎ去っていた。イギリスに滞在中の母親から届いたお祝いのメッセージで思い出したくらいなので、仁くんに祝ってもらいたいとか過度な期待をせずに済んだのはよかったけれど。

 仁くんって私の誕生日を知っているのかな。

 やっぱり思い返すと寂しかったりする。

「それなら、錦玉羹に浮かべるモチーフを変えてみるっていうのはどうかな」

「あの人には桜、母さんには三月を表す花、とか?」

「そう」

「いいな、それ」

 瞬時にスイッチが入ったらしく、仁くんはどこか遠くを見つめながら考え込んだ。

 頭のなかでイメージを膨らませて、それを形にする。

 私も早く、自分の思い描いた和菓子を作れるようになりたいな。

 考えごとの邪魔にならないように、トクトクと心地いい鼓動を刻む胸にそっと顔を寄せて目を瞑った。
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