嫁入り前夜、カタブツ御曹司は溺甘に豹変する
「とんでもないです。お招きいただきありがとうございます」

 頭を下げると、隣にいた仁くんに背中をポンッと叩かれた。

「そんなに気を使わなくていいから、いつも通りにしていて」

 そう言われてもなぁ。

 苦笑する私の横で仁くんが首の後ろに手をあてる。

「……どこにいる?」

 沙倉さんだろう。

 私の前ではいつも“あの人”だし、あえて名前を言わないのは気恥ずかしいからなのかな。

「バジルを取りにいったまま帰ってこない」

 おじいさまが外を指差す。

「すぐ来るわよ。あ、ほら。噂をすれば」

 おばあさまが言い終わるや否、キッチンの奥にある勝手口が開いた。

「わっ。びっくりした」

 そう言って目を丸くしているのは弥生さんそっくりな顔。

 胸下まであるストレートの茶髪をきっちりとひとつにまとめていて、カラフルな色合いの大花柄ロングワンピースが目を引く。

 この人が仁くんのお母さん……。

「ものすごくタイミングが悪かったわね」

 手にしていたバジルをキッチンに置くと、私たちをチラチラ見ながらシンクで手を洗う。わりと雑に手を拭いて慌ただしくキッチンから出てきた。

「仁」

 背の高い仁くんを見上げながら、真正面に立って名前を呼ぶ。

 たったひと言、名前を呼んだだけなのに、なんだか泣きそうになった。

 だって、仁くんを見つめる瞳がとっても優しい。
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