嫁入り前夜、カタブツ御曹司は溺甘に豹変する
 
 一晩水に付けた大量の小豆を洗いながら、離れた場所で作業をする仁くんを見つめた。

 近いようで遠い。仁くんと私の心の距離間はまさにこんな感じだ。

「朝霧さんがどうかした?」

 作業の様子を見にきた阿久津さんが、私の視線を辿って仁くんに目を向ける。

「なんでもないです」

 ただ、昨日は何時に帰ってきたのかなって思っているだけです、と心の中で返事をする。

 目が覚めても仁くんの姿はなかった。布団や枕の位置がズレていたからそこで仁くんが寝ていたのは間違いないのだけれど、離れにも母屋にも姿はなく、社長や弥生さんに聞いてもいつ帰ってきていつ家を出たのか分からないと言われた。

 阿久津さんは私と仁くんを交互に眺めて不思議そうな顔をした後、「そういえば」と目の色を
変えて声を弾ませる。

「新作を考えているみたいだよ」

「朝霧さんがですか?」

「そうそう。昨日も遅くまで作業していたし」

「そうなんですか」

 知らなかった。仁くんもそういう話はしていなかったし。

「怖いくらい真剣な顔で作業していて、それがまたかっこよかったなぁ」

 自分の知らない仁くんの情報を阿久津さんから聞かされただけで心がモヤッとする。

 困ったなぁ。どんどん独占欲が強くなっている。
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