一匹狼くん、 拾いました。弐
 家に着いた。目の前にあるのは、ボロくて廊下の所々に蜘蛛の巣があるような腐り果てたアパートだ。

「うわお。かなりボロい」

 葵を見て頷く。本当にそうなんだよな。

 木製の階段は古くて、歩くたびにぎっぎっと音がする。

「ここ、住民絶対少ないだろ」

「そうでもない。金のない大学生や借金取りに追われてる大人が住んでるから。空き部屋ないって、俺が住んでた時の管理人さんは言ってた」

 葵が目を見開く。

「めず! 俊、管理人と話したんだ?」

 仁達や葵以外と話すことなんて滅多にないから、戸惑っているのかもしれない。

「んー、1ヶ月に一言二言。俺引きこもりがちだったから、母さんが仕事で出かけてると、管理人さんがピンポンしてきて、ご飯くれたり家賃払えそうか聞いてきたりしてたんだよ」

 葵が首をかしげる。

「なんで飯?」

「……ほっといたら死にそうな顔と空気してるって」

「あぁ、わかる気するわ」

 納得されてしまった。嬉しくないな。

「俺、今もそういう顔してる?」

「いや? いくらかマシ。でも無愛想なのはそのまんまだな」

つい下を向く。

「悲しくなってもいないし、怒ってもいない時にどういう顔すればいいかわからない。岳斗や楓みたいに、ずっと笑ってたらいいのはわかるけど、そういうことできるほど心に余裕ないし」

 葵が俺の頭からフードを取る。

「いいよ、別に毎日笑ってなくて。まずは常にフードなくても生きていけるようになることだな」

 銀色の髪が風で揺れる。

「そういうふうになれる日なんて、来るのかな」

「来るよ。俺が保証する」

 強めに背中を叩かれたら、少しだけ笑みがこぼれた。


インターホンに近づけた手が、震えていた。

「……人って、なんで忘れる記憶を選べないんだろう。今だって、義母さんが義父さんを庇ったことを殺したいほど憎たらしいと思うのに。それと同じくらい、優しくされたことが頭にこびりついて離れない」

「いっそ、優しくされない方がよかったか?」

葵が俺の手を取って撫でる。縫い跡に触れた。少しだけ痛い。

「……っ。いや、優しくされてないと自殺してたと思うから、それだと葵や仁にも会えてないから、されてよかったよ。でもされてたの忘れたいよ」

 想いは複雑で、愛してるとも大好きとも言えない。嫌いとも言えない。

「忘れたいと思ってることほど、人は忘れられない。忘れたいって思うたびに、繰り返し思い出すからな」

 なるほどな。

「じゃあそう思わなければいいのか……無理だな」

 作り笑いをしてしまう。絶対にこれからも、何度も忘れたいって思うだろ。義父さんを庇われた記憶なんて。

 葵が手を離して、インターホンを押す。

「俊、約束だ。本気で話したくないと思ったらすぐに帰るぞ」

「あぁ、そのつもりで来てる」

 頷いたら、葵に軽く身体を押され、玄関の目の前に立たされた。

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