一匹狼くん、 拾いました。弐
忘れられたらいいのに。

「銀、昨日寝れた? 車の中暇だろ? 寝ててもいいけど」

「寝れた。暇だけど、これから義母さんに会うと思ったら寝れない」

俺が首を振ると、葵は隣を向いてくる。青信号になったら前向けよ?

「そっか。絶縁して以来?」

 俺はこくこくと頷く。

「結局あれって、理由何?」

「……その、義母さんに義父さんを庇うことを言われて」

「あぁ、そりゃあ絶縁だな。あ、青だ」

 自分の膝を叩いてから、葵はハンドルをもう一度握る。

「それでも銀が手放せないのは、執着なのか、愛なのか。俺は前者な気がしてならないんだが」

 つい下を向いてしまう。否定できない。

「俺、……好きだった。でもそれと同じくらい憎かった。許せなかった。人生をめちゃくちゃに壊されて、壊れたその人生に嫌というほど寄り添われたから」
 
 一筋の涙が頬を伝う。大切にされた記憶なんて全て忘れて、本当の親のことだけ覚えていられたらいいのに。

「うわぁ。愛し方が歪んでる。お前もお義母さんも。まぁ銀は環境のせいだからまだいいとして、母親はねっから変だろうな。じゃなきゃお前そんなボロボロになってねぇし」

 否定できないし、したくない。

「さっきいってた月一会うのさ、期間そんな短くないときつい? 半年からなんで一ヶ月になった?」

「生きているか確認したい。声が聞きたい。必要とされたい。それが何日なかったら持つのか、自分でもよくわからなくて」

 葵が人差し指を立てる。

「じゃあ目安か。心と身体によってはもう少し期間あけてもいいわけだ? じゃあまぁ、まずは短い期間にして、少しずつ間を長くするべきだな」

「うん。……会って何話すかも何するかも全然わからなくても、今日息をしているかだけは絶対確認したい。知らないうちに死なないでほしいんだ」

 こういう気持ちをなんていうのか、よくわからない。愛ではあるかもしれないけれど、大好きとか、好きとかでは現せない。

 いてくれないといやで。いない日常が受け入れられないから、定期的に生を確認したくて、声が聞きたくて。なんなら一日一緒に過ごしたい。たとえ一緒に過ごすのが苦痛でもいいから。なんて変な考え方なのだろう。

「そういう奴、誰でもいるもんだよ。俺は育て親の人。あの人とは、お前を騙すって話した時めっちゃ揉めたから。でも定期的に連絡はまだ取り合ってるし、店にも半年に一回は来る」

 そうなのか……?

 よくわからない。

「親って、血が繋がっても繋がってなくても大切になっちゃうのなんでだろう。別に、大切にしなくたって生きていけるのに」

「それは俺にもわからない。仁もなんだかんだ康弘さんのこと大切にしてそうだったしな。あれ義親だろ?」

「うん。……母親に冷たくされた分、優しくしてもらったからだとは思うけど」

 きっとそうだと思う。

「親は優しかったらいいってわけでもないんだけどな。まともな大人が親じゃないと将来困る確率高いし」

 そういうものなのか。

「葵の育て親はどんな人?」

「えー、三十五歳。金髪の長髪。元バーテン、今はバーテンを育成する学校の教師。男だけど、たまに好きで女子の服着てる。それが超綺麗でモデル並み。うちの店に来る時はいつもそう。俺はあの人の我が道を行く個性が好き」

 どんな人なんだ。

「キャラが濃い」

「恐ろしいほどに美形のお前にだけは、あの人も言われたくないと思うけどなー?」

 葵がニヤニヤと笑う。

「葵……ずっと本当のことを言おうとしなかったのはなんで」

「親友の目の前での飛び降りと、最愛の人の嘘の交通事故、半殺しといってもいいほどの骨折を味わったお前を、信用させる方法が嘘をつくことだった」

 そういう理由か。

「ついて後悔してる?」

「してる。もっと考えるべきだったと思う」

 じゃあもういいや。

「それがわかってるならいいや。大好き、葵」

「俺も一生好き。……なぁ、俊って呼んでも身体震える?」

 赤信号になったところで聞いてくる。

「っ、呼んでみて」

わからなかった。

「俊」

 震えも発作も起きてない。

「俊でいい。銀って呼ばれるの、もうずっと喧嘩してないから違和感だし」

「ん、ありがと。仁たちにも言っとけよ? 俺だけ呼び方変わってるとあいつら嫉妬するだろ」

「そういうもの?」

 頷いてから、葵はまた車を発進させた。
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