黙って俺を好きになれ
海に行った車の中で、泣くのは私だと分かりきった予告をされた。あのときは極道の人を好きになることの現実味もなにも漠然としていた。ふたつに一つを選ぶだけじゃなく幹さんに結婚相手がいると知ったら、・・・筒井君は。

『手っ取り早く、弱ってる糸子さんにつけ込むんで観念しちゃってくださいよ』

自信あり気に笑んだ気配。

『観念してオレを好きになんなよ』

幹さんを独りにはできないと、私しか駄目なんだと。心の奥では叫んでる。なのに声にならない。代わりに涙が頬を濡らす。声にならない声が雫になって、音もなく、あとからあとから落ちていく。

『糸子さん、・・・泣いてる?』

黙って小さく鼻をすすり上げた。

『そっかぁ、泣かせちゃったかぁ』

鼻をすする音が向こうからも聴こえた。

『じゃあ責任取って、平凡で、ちょうどいいくらいのシアワセを一生分プレゼントしますからー』

目と鼻の頭を赤くした、ふやけた笑顔が手に取れるようだった。
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