黙って俺を好きになれ
「おはよーございまーす、羽坂さん」

翌朝、ダイレクトメール発送の件で総務に顔を出した筒井君の笑顔はどことなく、犬っぽさが薄まって見えた。

「お・・・はようございます」

これまでも普通を装えたから特に意識することもないだろうと思ったのに、前触れもなく心臓が波立って落ち着かなくなった。そんな自分に狼狽えて目が泳いだ。

「ブラインドタッチ早いなー」

期日や数量を聴き取りながらパソコンにスケジュールを打ち込むすぐ横で声がして。思わず顔を振り向けてしまったら、画面を覗きこんでいる彼と間近で目がぶつかり息が止まりそうになる。

「オレ苦手なんで今度おしえて下さいよー」

「え?・・・あ、うん」

「やった!」

周囲には軽い社交辞令に聴こえただろうけど。ここにいるのは首から下だけ着ぐるみの筒井君。

「じゃあDMと個人レッスンの件、ヨロシクお願いしますねー羽坂さん」

頭の被りものを外し、ふにゃふにゃ笑いながら眸で真っ直ぐ私を射抜いていた。

筒井君が戻って行ったあと、向かいの主婦社員、岸波(きしなみ)さんがこっちを覗いて首を傾げる。

「筒井君て、ああいうノリの子だったっけ?」

「・・・そんなによくは知らないです」

愛想笑いで誤魔化せば、「だよねぇ」と勝手に納得して彼女は顔を引っ込ませた。



“本気だよ”

見えない言葉の矢が突き抜け、空いた小さい穴。塞ぐように上からきゅっと胸元を握りしめた私だった。


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