ヒミツの恋をはじめよう
五月の連休明け。小柴さんに呼び出され、会議室のドアを開けると、呼び出した本人の他に営業部長の遠藤さんが座っていた。
「お疲れ」
「遠藤さん、小柴さん、お疲れさまです」
「相変わらず、むかつくほどきらきらしてるな」
「ありがとうございます」
「いや、褒めてねーから」
毎度繰り返される俺と遠藤さんの掛け合いを見ながら、小柴さんがくすくすと笑っている。
「そこに座れ」と彼に指示され、二人と向かい合って着席する。
「忙しいのに呼び立ててごめんなさいね」
「なんで呼び出されたか分かるか?」
「いいえ」
特に心当たりがない為、首を横に振り答えると、遠藤さんがにやりと怪しく笑った。その表情に一体何が起きるのだろうと身構えていると、小柴さんが「部下をいじめるのはやめてください」と溜息交じりに彼を嗜める。
コホンと咳払いをした後、真剣な顔付きに変わった遠藤さんと目が合い、いよいよ何が起こるかが分からず息を呑むと、彼が大きな口をゆっくりと開いた。
「次の辞令で難波を係長に上げるから、そのつもりで準備しておいてくれ」
「・・・俺が係長ですか?」
「そうよ。七月から係長として営業部で働いてもらうわ。おめでとう」
小柴さんが顔を綻ばせており、その隣の遠藤さんも心なしか嬉しそうだった。
「ありがとうございます」
立ち上がり、二人に頭を下げる。
再び椅子に腰を下ろすと、小柴さんが先程とは違い、少し困った表情をしていた。
「本題はこれからなの」
「昇進の話が本題じゃないんですか?」
「ああ。お前に協力してもらいたいことがある」
二人からの協力依頼というのは“藤森さつき”と一緒に仕事をして欲しいという内容であり、係長となった俺の補佐として彼女に働いてもらう、と言い放った。
事務員である彼女は、残業もせず就業時間内にきっちりと仕事をやり遂げ、指示した内容以上の成果を上げ、他の社員の模範となっている。
そんな優秀な部下を持っている小柴さんは「前職が営業なのに、このまま事務員にしておくのは勿体ない」と遠藤さんに掛け合い、彼女を主任にしようと計画を立てた。
しかし、何度打診しても、彼女は「管理職にはなりたくない」と頑なに拒否しているらしい。
拒否している人間に対して無理に辞令を出した結果、優秀な人材を逃したこともあり、会社としても辞令を強行できず、策を考えあぐねていた。
そこで、辞令が出るタイミングと合わせて彼女を俺の元に置き、どうにかして説得して欲しい、というのが彼らからのお願いのようだった。
正直、彼女と一緒に仕事が出来るのであれば、両手を上げて喜びたいところだが、小柴さんが説得しても納得しなかった彼女に、どうやってアプローチすればいいのかがさっぱり分からない。その相手が俺であるのも理解に苦しむ。
「難しいんじゃないですか?俺と彼女は接点がないですし、嫌だという人間を無理に上げるというのも、本人のモチベーション低下に繋がります」
「その通りだ。だから、お前の力を借りたい」
「どういうことですか?」
「小柴と相談して、藤森さんを管理職に上げることよりも、事務ではなく営業の仕事をしてもらいたいという結論になった。お前が一緒に働いて、彼女をこちら側へ引っ張ってきて欲しい」
「それなら俺より小柴さんの方が適任でしょう?」
「本当だったらそうしたかったんだけど、私も次の辞令で次長に上がることになって。今以上に忙しくなりそうだから難しいのよ」
申し訳なさそうな表情をしている小柴さんの隣で、遠藤さんがふふんと鼻を鳴らして仰け反っている。
「そうだ。だから、これは難波がやるしかないんだよ」
はあ、と深い溜息を吐き、天井を見上げる。
俺にとっては彼女と長い時間を共有できる絶好のチャンスだが、彼女にとってはどうだろうか。
彼女が今まで担当していた営業は女性だけであり、突如俺のような異性が彼女を従えることになったら、どう思うか。俺が彼女の立場であったら、地獄もいいところだ。何かしらの理由があって、彼女は男性と関わりを持っていないのならば、俺の印象は最悪になるのではないか。
「お断りしてもいいですか?」
にっこりと笑いながらそう告げるも、遠藤さんに営業スマイルは通用せず、即座に「却下」と言い渡される。
そもそも事務から営業に就かせたいというのであれば、俺ではなく女性営業の下にでも付ければいいのではと思うものの、二人がそうしないということは何らか意図があるのだろうと考える。
「・・・分かりました。でも期待しないでくださいね」
半ば諦め気味に返事をすると、小柴さんが目を輝かせ「ありがとう」と勢いよく頭を下げた。
「難波ならそう言ってくれると思っていた。まあ、できる範囲で頑張ってくれればいいから、気負わずに頼むよ」
「分かりました」
頷きながらそう答える。
(こうなったら仕方ない、か)
彼女と“上司と部下”の関係になる前に「好きだ」と告白しよう。
この賭けが吉と出るか凶と出るかは分からない。だが、こうして巡ってきた運命を“幸運”にするのは自分自身だと言い聞かせ、会議室を後にした。
「お疲れ」
「遠藤さん、小柴さん、お疲れさまです」
「相変わらず、むかつくほどきらきらしてるな」
「ありがとうございます」
「いや、褒めてねーから」
毎度繰り返される俺と遠藤さんの掛け合いを見ながら、小柴さんがくすくすと笑っている。
「そこに座れ」と彼に指示され、二人と向かい合って着席する。
「忙しいのに呼び立ててごめんなさいね」
「なんで呼び出されたか分かるか?」
「いいえ」
特に心当たりがない為、首を横に振り答えると、遠藤さんがにやりと怪しく笑った。その表情に一体何が起きるのだろうと身構えていると、小柴さんが「部下をいじめるのはやめてください」と溜息交じりに彼を嗜める。
コホンと咳払いをした後、真剣な顔付きに変わった遠藤さんと目が合い、いよいよ何が起こるかが分からず息を呑むと、彼が大きな口をゆっくりと開いた。
「次の辞令で難波を係長に上げるから、そのつもりで準備しておいてくれ」
「・・・俺が係長ですか?」
「そうよ。七月から係長として営業部で働いてもらうわ。おめでとう」
小柴さんが顔を綻ばせており、その隣の遠藤さんも心なしか嬉しそうだった。
「ありがとうございます」
立ち上がり、二人に頭を下げる。
再び椅子に腰を下ろすと、小柴さんが先程とは違い、少し困った表情をしていた。
「本題はこれからなの」
「昇進の話が本題じゃないんですか?」
「ああ。お前に協力してもらいたいことがある」
二人からの協力依頼というのは“藤森さつき”と一緒に仕事をして欲しいという内容であり、係長となった俺の補佐として彼女に働いてもらう、と言い放った。
事務員である彼女は、残業もせず就業時間内にきっちりと仕事をやり遂げ、指示した内容以上の成果を上げ、他の社員の模範となっている。
そんな優秀な部下を持っている小柴さんは「前職が営業なのに、このまま事務員にしておくのは勿体ない」と遠藤さんに掛け合い、彼女を主任にしようと計画を立てた。
しかし、何度打診しても、彼女は「管理職にはなりたくない」と頑なに拒否しているらしい。
拒否している人間に対して無理に辞令を出した結果、優秀な人材を逃したこともあり、会社としても辞令を強行できず、策を考えあぐねていた。
そこで、辞令が出るタイミングと合わせて彼女を俺の元に置き、どうにかして説得して欲しい、というのが彼らからのお願いのようだった。
正直、彼女と一緒に仕事が出来るのであれば、両手を上げて喜びたいところだが、小柴さんが説得しても納得しなかった彼女に、どうやってアプローチすればいいのかがさっぱり分からない。その相手が俺であるのも理解に苦しむ。
「難しいんじゃないですか?俺と彼女は接点がないですし、嫌だという人間を無理に上げるというのも、本人のモチベーション低下に繋がります」
「その通りだ。だから、お前の力を借りたい」
「どういうことですか?」
「小柴と相談して、藤森さんを管理職に上げることよりも、事務ではなく営業の仕事をしてもらいたいという結論になった。お前が一緒に働いて、彼女をこちら側へ引っ張ってきて欲しい」
「それなら俺より小柴さんの方が適任でしょう?」
「本当だったらそうしたかったんだけど、私も次の辞令で次長に上がることになって。今以上に忙しくなりそうだから難しいのよ」
申し訳なさそうな表情をしている小柴さんの隣で、遠藤さんがふふんと鼻を鳴らして仰け反っている。
「そうだ。だから、これは難波がやるしかないんだよ」
はあ、と深い溜息を吐き、天井を見上げる。
俺にとっては彼女と長い時間を共有できる絶好のチャンスだが、彼女にとってはどうだろうか。
彼女が今まで担当していた営業は女性だけであり、突如俺のような異性が彼女を従えることになったら、どう思うか。俺が彼女の立場であったら、地獄もいいところだ。何かしらの理由があって、彼女は男性と関わりを持っていないのならば、俺の印象は最悪になるのではないか。
「お断りしてもいいですか?」
にっこりと笑いながらそう告げるも、遠藤さんに営業スマイルは通用せず、即座に「却下」と言い渡される。
そもそも事務から営業に就かせたいというのであれば、俺ではなく女性営業の下にでも付ければいいのではと思うものの、二人がそうしないということは何らか意図があるのだろうと考える。
「・・・分かりました。でも期待しないでくださいね」
半ば諦め気味に返事をすると、小柴さんが目を輝かせ「ありがとう」と勢いよく頭を下げた。
「難波ならそう言ってくれると思っていた。まあ、できる範囲で頑張ってくれればいいから、気負わずに頼むよ」
「分かりました」
頷きながらそう答える。
(こうなったら仕方ない、か)
彼女と“上司と部下”の関係になる前に「好きだ」と告白しよう。
この賭けが吉と出るか凶と出るかは分からない。だが、こうして巡ってきた運命を“幸運”にするのは自分自身だと言い聞かせ、会議室を後にした。