ヒミツの恋をはじめよう
 出社後、小柴さんに呼び出された俺は、彼女に内示を伝える場に同席して欲しいと言われ、時間通りに指示された会議室に向かうと既に二人が着席していた。
「小柴さん、お疲れさまです。遅れちゃいましたか?」
「大丈夫、時間ぴったりよ」
 小柴さんの向かい側に座っていた彼女が立ち上がり「お疲れ様です」と頭を下げる。その姿を見て、やはり彼女は真面目な人間なのだと改めて実感する。
 彼女は俺の補佐役に任命したいと言った小柴さんに「無理」と言い放ち、一緒に仕事をするのは嫌かと聞いた俺に対しても「嫌だ」と主張した。初めて見せる彼女の表情や感情があまりにも新鮮で可愛くて、失礼だと思いながらも笑いが込み上げてしまった。
 彼女が部屋を去った後、小柴さんが溜息交じりに呟く。
「難波くんがいないほうがよかったかしら……」
「どうでしょう。いてもいなくても、伝えることは同じですからね」
「それはそうだけど……あそこまで自分の意見を主張する彼女は初めて見たわ。あなた、何か彼女を怒らせるようなことをしたんじゃないの?」
「まさか。藤森さんと話したことはほんの数回ですし、怒られるようなことをした覚えはありませんよ」
 本当は心当たりがあるものの、知らないふりを貫いた。
「それもそうね……良い返事を貰えるといいのだけれど」
「きっと大丈夫ですよ」
 何を根拠に大丈夫なのかと聞かれても理由は答えられないのだが、彼女が補佐役に就いてくれると期待を込めて、小柴さんに笑い掛けた。
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