鬼畜御曹司の甘く淫らな執愛

 幸い個室だったから良かったものの、静かな病院の黄昏時に突如放たれた父の一喝は、さぞかし煩かったに違いない。

 久々に父に一喝された私も兄でさえも驚いて、ふたり同時に肩をビクッと跳ね上がらせてしまったくらい、とても大きな声だった。

 普段はとても温厚で優しい父なのだが、板前という職業柄か、職人気質で頑固だし、短気なところがあって、怒ったら怖いなんてもんじゃない。

 けれども、母が亡くなってからというもの、めっきり元気もなくなってしまい、以前のように、こんな風に声を荒げて怒られるようなこともなかったから、私も兄も、余計驚いてしまったのだ。

 私と兄とが、ベッドで半身を起こして座っている父のことを凝視している最中。

 当の父は、やっと静かになった私たちには眼もくれず、私と兄を傍で見守るようにして立っていた鬼畜へ向けて、深々と頭を下げたと同時に、

「侑磨の早とちりのせいでご迷惑をおかけした上に、お見苦しいところをお見せしてしまい、どうもすみませんでした」
 
そういって詫びを入れたまま頭を上げようとしない父に、慌てた様子で歩み寄った鬼畜が、

「いえいえ、とんでもございません。頭をお上げください」

そう声をかけるも、一向に頭を上げようとしない父。

 ちなみに、父は一千万の借金のことは知らない。当然、鬼畜にそれを立て替えてもらっていることも。

 だから、父が鬼畜に対して、そんなに深く頭を下げて詫びなんて入れる必要はないと思うのだけれど、堅物で几帳面なところのある父のことだから、きっと、人様に迷惑をかけたことが気になってしまうのだろう……。

 まぁ、確かに、兄の大勘違いの所為で、私も含めて、鬼畜には、多大な面倒をかけてしまったことは、紛れもない事実なんだけれど。
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