鬼畜御曹司の甘く淫らな執愛
それはホテルでの一件から一週間が経過した頃のことだ。
妊娠も判明したし、体調の方も心配だったしで、僕は、大丈夫だと言い張る侑李をなんとか説得して、有休をとってもらっていた。
期間は一週間。本当はもっと休んでいてほしかったけれど……。
『結婚してこの子が生まれたら、辞めなきゃいけないんだし。それまでは、隼のこと傍で支えさせて欲しいの。ダメ?』
愛おしくてどうしようもない侑李に、そんな風に言われてしまったら、侑李のお強請りにどうにも弱い僕は、ダメだなんて言えなくなってしまったのだ。
けれども、休暇の最終日だった日曜日の昼下がり。
梅雨も明けて、天気も頗る良くて、出産に向けての準備もかねて、ふたりでゆっくりデートを楽しんでいた時のことだ。
立ち寄ったデパートのベビー用品売り場で、色とりどりの可愛らしい洋服やオモチャを見ていたら、僕たちのすぐ傍に一組の夫婦らしきカップルが近づいてきて。
僕がそうっと侑李の身体を庇うように寄り添おうとした瞬間。
どうやらそのカップルがとろうとして手を滑らせたようで、近くにあったオモチャが派手な音を立てて床へと落下した。
結構大きな音だったけれど、それほど驚くようなものでもなかったのだけれど……。
突然、僕がいつものように腰に手を添えている侑李が『イヤーッ!?』と短い悲鳴を放つや否や、その場で頭を抱え込んで蹲ってしまったのだ。
慌てた僕が蹲ってしまった侑李の身体を支えるように抱き起こそうとしたら、酷く怯えたように震えていて、明らかに様子がおかしかった。
それに、しばらくしたら震えも落ち着いてきたものの、すぐには収まらなかったし。
最初は、僕も侑李も、妊娠しているせいで、情緒が不安定になっているのかと思っていたのだが……。
念のためにと思い、担当医である香澄さんに電話したら、ホテルでの一件でPTSDになっているかもしれないと言われ、すぐに専門医を紹介してもらったところ。
香澄さんの予想通りの診断だった。
色んな症状があるらしいが、侑李の場合は、大きな音がしたときや、僕以外の男が背後から接近してきたり、触れられたりするとき、身体が戦慄したり、パニック発作を起こしてしまうというもので。
とても仕事を続けられるような状態じゃなかった。
侑李は、僕に心配をかけまいと思ったのだろう。
『どうせ、辞める予定だったんだし。ちょっと早まっちゃっただけで、どうってことないわよ。これを機に、苦手な料理を克服して、隼にいっぱい美味しいもの作ってあげるから、楽しみにしててよね』
なんて明るく笑いながら言ってくれていたけれど、本当はもっともっと仕事だって続けたかったに違いない。
僕はこれまで通り、仕事の合間を縫って、侑李との結婚の準備に奔走しつつ、侑李のためにある計画を進めることにした。
それは、侑李のお父さんと兄の侑磨さんが経営する老舗料亭『橘』で、侑李に若女将として新たなスタートを切ってもらう、というものだ。
勿論、侑李にこんな辛い思いをさせている原因の一つである、円城寺さやかの件に関しても、水面下で着々と準備を進めていた。