鬼畜御曹司の甘く淫らな執愛

 僕にとっての最重要事項は、勿論、侑李だ。

 何を差し置いても最優先させるのは、侑李のこと以外にはあり得ない。

 仕事のことなんかよりも侑李のことが一番。

 ーーなんて言ったら、また侑李に叱られてしまうんだろうなぁ。

 シーンと静まりかえった副社長室の自席で涼が用意してくれたコーヒーで一息つきながら、家に残してきた侑李のことを思い浮かべることにも、一月もすれば、もうすっかり慣れてしまった。

 けれども、侑李の居ない寂しさを紛らわせるには、まだまだ当分かかりそうだ。

 涼が淹れてくれるコーヒーも充分美味しいし、まとめてくれた資料や諸々の書類も、とても見やすいし、欲しい情報が一目瞭然で、仕事をする上でなんの支障もない。

 でも、何か物足りなく感じてしまう。

 それはきっと、何かを意識せずとも、その時の僕の雰囲気や体調など、その時々によって、侑李の細やかな気配りが行き届いていたからだろう。

 侑李の凄いところは、その気配りが、僕と付き合う前から何一つ変わらなかったことだ。

 その頃、どうしてかは知らないが、侑李は僕のことを嫌っていて、僕に対していつもツンケンしながらも、何一つ手を抜くことなく、全てにおいて完璧だった。

 きっと、以前、お義父さんが仰っていたように、祖父母に厳しく育てられた所以だろう。

 子供の頃、板前になりたいと言っていたのを反対されていたと言っていたが、あれはおそらく、侑李には老舗料亭『橘』の若女将として、板前となった侑磨さんと一緒に店を盛り立ててもらいたかったからに違いない。

 侑李と再会してすぐ、『橘』に涼と一緒に通っていた折に、侑磨さんから聞いたことだが。

 侑李がまだ高校生の頃、一年と経たないうちに、祖父母を病気で立て続けに亡くしたらしい。

 それによって、それまでは祖父母の意見が絶対だったのが一変し、『家に縛られることなく進路を決めてほしい』という両親の意向により、本当は『橘』を手伝いたかったのに、それを言い出せなかった侑李は、大学に進学し就職することを決めたのだという。

 侑磨さん曰く、それには理由があって、長女として、『橘』を継がざるを得なかった母親の気持ちを思えば、そうせざるを得なかったらしいのだ。

 確かに、侑李は気が強いけれど、情にもろいところがあるというか、お人好しなところがあるというか、僕の知る中で、五本の指に入るくらい、心根のとても優しい女性だ。

 侑磨さんが連帯保証人になっていた借金の件にしたって、侑磨さんを責めることなく、励まし合っていたらしいし。

 侑磨さんの言うとおり、自分のことよりも、両親の気持ちの方を優先させたのだろう。

 『橘』ではないにしても、それを活かせる秘書になったんだろうし、精一杯頑張ってきたに違いない。

 その侑李が、ずっと頑張ってきた仕事を突然辞めざるを得ない状況に追い込まれた時、どんなに悔しかったことか。

 それでも、なんとか僕のために、苦手な家事を懸命にやってくれている。

 僕のためにと思ってくれるのは、とてもありがたいことだけど、申し訳ない気持ちにもなる。

 僕のせいで、円城寺さやかの件では嫌な思いをさせてしまったし、ホテルの件だってそうだし、無計画な妊娠までさせてしまった。

 ーーダメだダメだ。今更、そんなことを嘆いていたって、どうしようもない。

 そんなことよりも、侑李が今度こそ、自分のために新たなスタートを切れるように、そのことに尽力しないと。

 頭の中からなんとかヘタレ思考を追い払った僕は、侑磨さんにアポを取るため、スマートフォンの画面をタップした。

 愛おしくてどうしようもない侑李のために、侑磨さんとお義父さんに、一肌脱いでもらうために。
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