鬼畜御曹司の甘く淫らな執愛
侑磨さんとのアポを取り付けた僕は、その日の仕事上がり、老舗料亭『橘』へと立ち寄った。
迎えてくれた侑磨さんとお義父さんに奥の個室に通され、挨拶もそこそこに、座卓を挟んだ正面のふたりに向け単刀直入に切り出したところ。
ふたりは二つ返事で、僕の我が儘を快く聞き入れてくださって、話はどんどん先へと進んでいった。
実は、以前から恵子さんも、とてもひとりでは若女将なんて務まりっこない、と不安だったようで、万々歳だったようだ。
こうして、若女将の件は、侑磨さんとお義父さんにお任せすることとなった。
……となれば、後は、侑李との結婚の準備と、円城寺さやかの件だけだ。
もうこの頃には、結納の日取りも入籍に帯祝い、披露宴や挙式の会場なども決まっていて。
僕の誕生日である八月一日には入籍することになっている。
あと少しで、念願叶って、侑李と晴れて夫婦になれるんだと思うと、喜びもひとしおだ。
その頃には、円城寺さやかの件もカタがつくようになっているし。
ーーあとは、侑李に、若女将の件をどうやって切り出すかだなぁ。
『橘』に立ち寄ってから数日が経ち、入籍を翌日に控えた僕が、あれこれ思案していると、唐突に涼の低い声が耳に飛び込んできた。
口調からして、かなり怒っているようだ。
「おいッ、こらッ、隼ッ! いつまでボーッとしてる気だよ。まったく」
「……あぁ、悪い。悪い」
なんて適当に返してはみたが、いつからそこに居たのか、僕としたことが、涼の存在になんて全く気づいてなどいなかった。
「何が、『あぁ、悪い。悪い』だ。全然気持ちがこもってねーっつーの。これ以上未決済の書類が増えてみろ。この現状を高梨に包み隠さず密告してやるから、覚えてろよ」
「……く……蔵本くんッ。僕と君の仲じゃないか。それだけは勘弁してくれないかなぁ。そうじゃないと、僕、侑李に今度こそ愛想尽かされちゃうよ」
「なら、さっさと仕事しろ」
「はい」
「いい心がけだ」
そんなことなど全てお見通しなのだろう、長い付き合いの涼に、ついには厳重注意を受けてしまうこととなった。
……まさか、この僕が、涼に泣きつく日が来るとは、情けない。気を引き締めないと。
ーーいやでも、侑李の名前を出してくるなんて、卑怯だろ!
いつもの調子を取り戻した僕が涼に向き直ると、今まさに、何やらブツブツと独り言ちながら執務室から出て行こうとしていたところで。
「……鬼畜なんて噂広げたヤツが今の隼の姿見たら、さぞかし驚くだろうなぁ。……にしても、女ひとりでこうも変わっちまうとはなぁ。やっぱ、俺には当分結婚なんて無理だわ。さっ、仕事仕事」
それを引き留めようと、涼、と声を放とうとしたと同時に、涼がクルリとこちらに身を翻した。
「……な、なんだよ? 忘れ物か?」
僕は、後ろめたさもあって、思わずそんな言葉をかけたのだが。
「あー、いや、その。明日、入籍すんだろ?」
ーーなんだ? いきなりそんなこと聞いてきて。
それに、やけに遠慮がちで、歯に衣着せない涼らしからぬ、物言いだし。一体、どうしたっていうんだ。
「……あぁ」
「まぁ、あれだ。折角だし、いい記念日に、しろよ? 明日から三日間、休ましてやるからさぁ。言っとくが三日間だけだからなッ! じゃあ、ま、おめでとう」
「……あっ、あぁ。ありがと」
どうやら、これまでずっと誰も好きになれずにいた僕にようやく訪れた、この幸せを、涼なりに、祝福してくれているらしい。
涼の結婚を祝うことはあっても、自分が祝われる側になるなんて、そんなこと、夢にも思わなかったけど、嬉しいもんだなぁ。
ーー今度は涼の番だな。
なんて思っていたら、何故か不意に、数年前、珍しく酷く酔った涼がバー『Charm』で、
『気になる女の子が居るには居るけど、その子、白馬に乗った王子様じゃないと、ダメみたいなんだよなぁ』
冗談なのか本気だったのか、そんなことを呟いていたの思い出してしまい。
その頃の記憶を引き出そうとしていた僕の内ポケットのスマートフォンが震え始め、それが侑李からのメールだったために、そこで思考は途切れて、それきり思い出すことはなかった。
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