鬼畜御曹司の甘く淫らな執愛

 ついさっきまで拗ねていたとは思えないほどに、すっかり上機嫌になってしまっている隼は、父が用意していたらしい冷酒が注がれたお猪口を嬉しそうに口に運んでいる。

 勿論、たった今私がお酌したものだ。

くいっとお猪口を傾けて冷酒を一口含んで数秒後。

 まだたった数口しか呑んでいないというのに、隼は、もう酔っちゃったのかと思うほどのテンションで、またまた調子のいいことを言ってきた。

「いやぁ、やっぱり若女将にお酌してもらったお酒は違いますねぇ。とっても美味しくて、ほっぺたが落ちそうです」

 ……もうさっきから、ずっとこんな調子だ。

 さっきなんて、鴨と秋茄子を使った先付けの説明をちょっとしただけで、それはもう大絶賛の嵐だった。

 冷酒にしたって、今は病気のためあまり呑むことはできないが、お酒に目のない父が選んだものだから、そりゃあ美味しいお酒に違いない。

 ーー元がいいんだし。別に、誰がお酌したからって、味なんて変わらないんだけどな。

そんな感じで、胸の内で色々クールに突っ込んでいるのには、ある事情があった。

 ある事情というのは、別にたいしたことではないんだけれど……。

 隼にプロポーズされたあの夜を境に、それまでは敬語口調だったものが完全に崩れて、今ではふたりの間では一貫して砕けた口調が当たり前になっている。

 それが、今夜に限っては、何か特別感を演出したいのかなんなのか、さっきから隼が敬語口調でばかり話すものだから、なんだか、妙に意識してしまうのだった。

 ーーでも、いくら隼が相手だからって、今は仕事中だ。

 だから、隼になんとか気取られまいと、これでも必死だったのだ。

「……そ、そうですか? それはありがとうございます」
「どうしました? やっぱり、僕がお客では気乗りしませんか? なんだかさっきから僕ひとりがはしゃいでいるようで、寂しいです」
「……いえ、別に、そういう訳では。あっ、どうぞ、お注ぎいたしますね」
「そんなに無理しなくてもいいんですよ? どうもご気分が優れないようなので、僕はこれで失礼させていただきますので、どうぞお構いなく」

 敬語口調の隼に、さっきから妙に意識してしまうせいで、どうやら私は知らず知らずのうちに、隼に対してよそよそしい態度をとってしまっていたらしい。

 そんな私の様子を機嫌が悪いからだと捉えたお客様である隼に気を遣わせた挙げ句、あろうことか、席を立たせてしまうという、大失態まで犯してしまうのだった。

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