鬼畜御曹司の甘く淫らな執愛
もう仕事だとか、お客様だとか、若女将とか、そんなものなど、すっかり頭から抜け落ちていて。
ほとんど条件反射的に、シュンとしょぼくれてしまっている隼の背中にギュッと抱きついていた。
そんな私の口からは、無意識に思ったまんまの言葉が零れてしまっていたのだけれど。
「……全然、格好悪くなんかないよ」
「ーーえ?」
目の前の隼はキョトンとしていて、どうやら私の声は届いてはいないようだ。
ーーったく、もう、肝心なときに限って聞いてないんだからッ!
内心ではそんなことを零しながらも……。
こんなにも容姿に恵まれてるんだから、さぞかし自信満々なナルシストなのかと思いきや、意外にも自己評価が低くて、すぐにこうやって落ち込んでしまう隼のことが、どうにも愛おしくて堪らない。
一刻も早く、なんとかして隼のことを慰めてあげたい。
ーー愛おしくてどうしようもない隼のことを優しく抱きしめて包み込んであげたい。
時折、こんな風に、弱いところを曝け出してくれる隼に母性本能をことごとく擽られてしまう私は、毎回そんなことを思ってしまうのだ。
「格好悪くなんかないって言ったの」
「どこがですか? こんなの、メチャクチャ格好悪いじゃないですか」
「そんなことない。だって、隼は私にとって王子様なんだから」
「……それって、客である僕に気を遣ってくれてるんでしょう? そんな気遣いなんて無用ですから。今夜は長年の夢がようやく叶う特別な夜だから、格好良く決めたかったのに……。侑李さんにまで気を遣わせてしまうなんて、本当に情けないです」
それなのに……。
隼にとって今夜は、思っていた以上に特別なものだったようで、いつにも増して頑なで、なかなかの手強さだった。
けれど、それだけ隼にとって、私との約束が大事なものだってことだから、嬉しくもある。
記憶にないのは残念だし申し訳ないけど、隼とこの『橘』で初めて出逢ってからもう何年も経つっていうのに……。
こうして今もその時の想い出を大事にしてもらえてるなんて、こんなに幸せなことはない。