かりそめお見合い事情~身代わりのはずが、艶夜に心も体も奪われました~
言いながら、笑みを消さないまま立ち上がる。

去り際、控えめに「ばいばい」と手をひらひらさせてくれた男の子にまたときめきながら、手を振り返した。

よかった。もうママになった友達の体験談を聞いてから、泣いている子どもにいつでも差し出せるように、キャラクターものの絆創膏を用意してたんだ。
持ち歩きだしたのは少し前からだけど、初めて役に立った。うれしそうな顔が見られて、こっちまでホッコリしちゃう。

遠くなる親子の後ろ姿を見送り、私は満足感のある息をつく。
けれどもすぐに、ハッとした。


「ごめんなさい奥宮さん、私……っ」


完全にそっちのけになっていたことを思い出し、あたふたと振り返る。

そうして奥宮さんと視線を合わせた私は、ドキリと一際大きく心臓をはねさせた。

なぜだか、彼が──何か眩しいものでも見るように目を細めながら、今日1番の優しい表情をしていたからだ。


「……あ」


とっさに言葉が続かなくて、息を呑む。

すると、奥宮さんの唇がかすかに動いた。


「……嫌だな」


──え?

小さな声だったけれど、たしかに聞こえた。
『嫌だな』、って……どういう、こと?

とたんにさっきまでとは違う、不穏な予感で鼓動が速まった。

奥宮さんは柔和な笑みをたたえたまま、そっと私の背中に触れる。


「俺たちも行こうか。ジェラート食べるんでしょ?」
「あ……はい」


表情と同じ甘やかで穏やかなささやきを落とされ、反射的にうなずいた。

気づけば私の右手と彼の左手はごく自然な動作で繋がっていて、そのせいでまた心臓がうるさく暴れ出す。
動揺する心のまま、先を歩く奥宮さんを斜め後ろから見上げるけど、端整な横顔は先ほどのつぶやきなんてまるでなかったかのように涼しげだ。

彼がそんな調子なら、私もそれ以上何も言うことができない。ただ、手を引かれるまま歩いた。
< 57 / 134 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop