かりそめお見合い事情~身代わりのはずが、艶夜に心も体も奪われました~
「……うん。こっちも、美味しい」


そう言って彼がニコリと微笑んだと同時、火がついたように顔が熱くなる。


「っ、おくみやさ……っ」
「俺のもどうぞ」


言うが早いか、奥宮さんは狼狽する私の口に自分が持つスプーンの先をいとも簡単に滑り込ませた。

ひんやりとした冷たさとともに、ピスタチオ独特のナッティな風味を口の中いっぱいに感じる。
ピスタチオはもともと好きだし、このジェラートだって美味しいはず、なのに……今の自分は味の感想なんて考えられないほど心に余裕がなく、いっぱいいっぱいの状態だ。


「お、いしい、です……」


口もとを片手で隠すようにあてながら、舌の上のアイスが溶けきったタイミングでなんとかそれだけを返す。
私の反応に奥宮さんは「よかった」と言って満足げな笑みを見せ、また自分の持つジェラートの方へと意識を戻した。

……し、心臓に、悪い……。

元はといえば自分の迂闊さが原因なのだけど、奥宮さんがスプーンをくわえたとき一瞬だけこちらに向けた上目遣いの鋭い眼差しとか、色気たっぷりな赤い舌の仕草とか──こんなにも近い距離で見てしまうには、あまりにも刺激が強い光景だった。

どっどっどっ、とやかましい自分の心音が相手に聞こえてしまいませんようにと願いながら、やわらかくなりすぎたジェラートをもくもくと口に運ぶ。
私は動揺から押し黙り、奥宮さんも同じように何も言わないままジェラートを食べ進めていたから、しばらく無言が続く。
けれど、なぜかこの沈黙を気まずくは感じなかったから不思議だ。
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