かりそめお見合い事情~身代わりのはずが、艶夜に心も体も奪われました~
「──立花さん?」


少しだけ不思議そうな響きを持った声音で名前を呼ばれ、ハッとする。

慌てて顔を上げれば、テーブルを挟んだ向かい側に座っている奥宮さんがきょとんとした表情でこちらを見ていた。せっかくの楽しい場でぼんやりしてしまっていた自分を恥じ、私は慌てる。


「ごめんなさい、ぼーっとして」
「いや、体調が悪いとかじゃないならいいんだけど。もしかして結構酔ったかな?」


やわらかな微笑みとともに優しい言葉をかけられ、ますます恐縮して「すみません」とつぶやいた。

以前にも、奥宮さんと来たトラットリア。月の綺麗な今夜、ここで私は約束のワインを楽しんでいる真っ最中だ。

今回は通常の営業時間に訪れたため、店内は他のお客さんもいて賑わっている。
けれどもここにいる人たちは、みんなこのお店の楽しみ方を心得ているようで……繁盛はしていても決して騒がしすぎることはないし、前に訪れたときと変わらず、気負わなくていいカジュアルさがありながらもとても落ちつく雰囲気だ。


「謝ることないだろ。そろそろ、デザートはどう?」
「あっ、食べたい……です」


こちらにも見えるように奥宮さんが寄せてくれたメニューの端っこを持とうとしたら、思いがけず互いの手が触れてしまった。

とっさにピクッと反応し、手を引っ込める。

なんだか妙に熱い頬を隠すように視線をテーブルに落とせば、正面から小さく笑う声が聞こえた。
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