死のうと思った日、子供を拾いました。
涙が地面に零れ落ちて、自分の姿が地面に映った。ひどい顔だ。目が泣きすぎで真っ赤に腫れている。夏菜がいた時は目の上くらいの長さの前髪をワックスで上にあげて額が見えるようにしていた。だけど今は全然そんな風にはする気になれなくて、ワックスをつけてもいなければ髪をとかしてもいない。ネクタイだって夏菜がいた時はきちんとシワができないように結んでいたのに、今はシワだらけだ。スーツもシャツも夏菜がいた時は毎日取り替えていたのに、今は昨日から着ているのを使い回している。
地面に映っている自分を見ただけで、明らかに弱っているのがわかった。
「……っ、夏菜」
掠れ声で夏菜を呼ぶ。
本当なら今頃は、ウエディングドレス姿で笑って隣にいてくれるハズだったのに。
その時、クラクションの音が物思いにふけっていた俺を、無理矢理現実に引き戻した。
いつの間にか、俺は青信号の車道に突っ込んでいた。車が目の前に迫ってきて、俺を轢こうとする。思わず冷や汗が出た。
俺はこんなにも周りが見えなくなるくらい投げやりになっていたのか?
赤色の車が近づいてくるのがやけにスローモーションに感じられた。
このまま轢かれれば、夏菜のそばに行けるのか?
突然男の子が走ってきて、俺の身体を歩道側に勢いよく押した。
百五十くらいの身長をした、小柄な男の子だ。制服を着ているからたぶん中学生だ。
俺を助けようとしているのか?
「やめろ! 俺は死にたいんだよ!!」
あ、動いてない。そっか、子供だから動かせないのか。なんだ、よかった。
車が止まった。
は? 嘘だろ。
なんだよ。ちくしょう。止まってんじゃねぇよ、このクソ運転手。
酷い怒りが俺の心を支配した。
……アホ。今轢かれたら、この子供も道連れだろうが。
心の片隅にいる冷静な自分が、そんなことを囁く。
――うるせえ黙れ!死ねるなら、夏菜に会いに行けるなら、子供なんかどうでもいいんだよ!!
「ねえヤバくない? 警察呼ぶ?」
「いやでも、未遂でしょ? 別に呼ばなくていいんじゃない?」
運転手が急ブレーキをしたこともあってか人がどんどん集まってきて、好き勝手に騒ぎ立てる。
頼むから黙ってくれ。
「コラッ! お前ら、危ねぇじゃねぇか! その子はまだしも、お前さんも親ならよそ見して道路に突っ込んだりなんかするんじゃねぇ! 死んじまうぞ!」
車の運転手が、窓を開けて言う。
……死んでよかったんだよ、俺は。
流石にこれは言っちゃダメか。
「ハッ。別に死んでいいし」
俺と同じことを思っているのか?
「ガキが何言ってんだ」
「……知らないおっさんにそんなこと言われる筋合いないんだけど」
「おいお前、こいつの父親だろ! 教育なってないんじゃねぇか!」
運転手は俺を睨みつけて叫ぶ。
「すみません! あの、申し訳ないんですけど、警察は」
警察を呼ばれたら、ただでさえ今は夏菜のことでいっぱいいっぱいなのに、余計大変になってしまう。
「呼ばねぇよ、俺はこれから仕事が有るからな。ただし、次はないからな」
「はい、すみませんでした。ほら、行くぞ」
男の子の腕を引いて、野次馬をぬけた。
「放せよ!」
近くの公園まで行ってから足を止めると、突然腕を振りほどかれた。
「あんた、何のつもりだよ。俺の親父のふりなんてして」
「君こそなんのつもりだ。あのまま言い争いしてたら、きっとあの人に殴られてたぞ?」
「別に殴られたっていいけど?」
そう言って、男の子は覚めた顔をして笑った。
「……何で俺の邪魔をした。俺は、死にたかった。夏菜に会いたくて仕方がなかったのにっ!!」
「……夏菜?」
「俺の大切な人だ。俺は死んで夏菜に会いに行きたかったのに、それを、お前がっ」
「……はっ、そんなの知らねぇよ。俺はただあんたの代わりに俺が死ねばいいと思った。そんだけ」
平然とした顔で、とんでもないことを男の子は言った。
改めて彼の姿を見る。
細い。拒食症なのかはわからないが、あきらかに軽そうな体をしている。贅肉が殆ど見当たらくて、骨に薄い皮がついただけみたいな身体だ。体重は恐らく四十キロもない。下手すると、三十キロ前半かもしれない。
釣り上がった瞳が、俺を射殺すかのように見つめている気がした。
「なんでそう思ったんだ」
「……生きてることに意味なんかないんだよ。だから、死ねばいいと思った。別に今すぐ死にたいなんて思ってないけど、俺は生きたいとも思ってない」
思わず目を見開く。
中学生が言う言葉ではない。一体何があったんだ? 何があったら、中学生がそんな風に考えるようになるんだ?
地面に映っている自分を見ただけで、明らかに弱っているのがわかった。
「……っ、夏菜」
掠れ声で夏菜を呼ぶ。
本当なら今頃は、ウエディングドレス姿で笑って隣にいてくれるハズだったのに。
その時、クラクションの音が物思いにふけっていた俺を、無理矢理現実に引き戻した。
いつの間にか、俺は青信号の車道に突っ込んでいた。車が目の前に迫ってきて、俺を轢こうとする。思わず冷や汗が出た。
俺はこんなにも周りが見えなくなるくらい投げやりになっていたのか?
赤色の車が近づいてくるのがやけにスローモーションに感じられた。
このまま轢かれれば、夏菜のそばに行けるのか?
突然男の子が走ってきて、俺の身体を歩道側に勢いよく押した。
百五十くらいの身長をした、小柄な男の子だ。制服を着ているからたぶん中学生だ。
俺を助けようとしているのか?
「やめろ! 俺は死にたいんだよ!!」
あ、動いてない。そっか、子供だから動かせないのか。なんだ、よかった。
車が止まった。
は? 嘘だろ。
なんだよ。ちくしょう。止まってんじゃねぇよ、このクソ運転手。
酷い怒りが俺の心を支配した。
……アホ。今轢かれたら、この子供も道連れだろうが。
心の片隅にいる冷静な自分が、そんなことを囁く。
――うるせえ黙れ!死ねるなら、夏菜に会いに行けるなら、子供なんかどうでもいいんだよ!!
「ねえヤバくない? 警察呼ぶ?」
「いやでも、未遂でしょ? 別に呼ばなくていいんじゃない?」
運転手が急ブレーキをしたこともあってか人がどんどん集まってきて、好き勝手に騒ぎ立てる。
頼むから黙ってくれ。
「コラッ! お前ら、危ねぇじゃねぇか! その子はまだしも、お前さんも親ならよそ見して道路に突っ込んだりなんかするんじゃねぇ! 死んじまうぞ!」
車の運転手が、窓を開けて言う。
……死んでよかったんだよ、俺は。
流石にこれは言っちゃダメか。
「ハッ。別に死んでいいし」
俺と同じことを思っているのか?
「ガキが何言ってんだ」
「……知らないおっさんにそんなこと言われる筋合いないんだけど」
「おいお前、こいつの父親だろ! 教育なってないんじゃねぇか!」
運転手は俺を睨みつけて叫ぶ。
「すみません! あの、申し訳ないんですけど、警察は」
警察を呼ばれたら、ただでさえ今は夏菜のことでいっぱいいっぱいなのに、余計大変になってしまう。
「呼ばねぇよ、俺はこれから仕事が有るからな。ただし、次はないからな」
「はい、すみませんでした。ほら、行くぞ」
男の子の腕を引いて、野次馬をぬけた。
「放せよ!」
近くの公園まで行ってから足を止めると、突然腕を振りほどかれた。
「あんた、何のつもりだよ。俺の親父のふりなんてして」
「君こそなんのつもりだ。あのまま言い争いしてたら、きっとあの人に殴られてたぞ?」
「別に殴られたっていいけど?」
そう言って、男の子は覚めた顔をして笑った。
「……何で俺の邪魔をした。俺は、死にたかった。夏菜に会いたくて仕方がなかったのにっ!!」
「……夏菜?」
「俺の大切な人だ。俺は死んで夏菜に会いに行きたかったのに、それを、お前がっ」
「……はっ、そんなの知らねぇよ。俺はただあんたの代わりに俺が死ねばいいと思った。そんだけ」
平然とした顔で、とんでもないことを男の子は言った。
改めて彼の姿を見る。
細い。拒食症なのかはわからないが、あきらかに軽そうな体をしている。贅肉が殆ど見当たらくて、骨に薄い皮がついただけみたいな身体だ。体重は恐らく四十キロもない。下手すると、三十キロ前半かもしれない。
釣り上がった瞳が、俺を射殺すかのように見つめている気がした。
「なんでそう思ったんだ」
「……生きてることに意味なんかないんだよ。だから、死ねばいいと思った。別に今すぐ死にたいなんて思ってないけど、俺は生きたいとも思ってない」
思わず目を見開く。
中学生が言う言葉ではない。一体何があったんだ? 何があったら、中学生がそんな風に考えるようになるんだ?