死のうと思った日、子供を拾いました。
「どうしてそう思ってるんだ」
「あんたに話す必要ある? それに、あんただってついさっき死のうとしてただろ。俺が死のうとした理由が知りたいなら、まず自分から話すべきなんじゃねぇの?」
俺を見上げ、男の子は余裕そうに言う。
「俺は……」
赤の他人に、婚約者が死んだなんて言いたくなかった。憐れみを誘ってるような気がしたから。
同情されたくなかった。恋人を失って辛いのは確かだが、決して、同情されたいわけじゃない。
でも話の流れから察するに、俺が言わないと、たぶんこの子は自分のことを話さない。
それなら言わないと。……他人なのにか?
「……親が死んだとか?」
痺れを切らして、男の子は言った。
「違う」
「なら姉か妹」
「違う。……夏菜はもうすぐ、家族になるハズの人だった」
「ああ、恋人か」
「……ただの恋人じゃない。本当は今日っ、結婚式をするハズで、ウェディングドレスだって今も家のクローゼットの中にあって、式場も予約してあったのに、それなのに彼女はっ!!」
涙を流しながら、声を荒らげる。
「うーわ。結婚式の前日に死ぬってドラマみたいだな」
皮肉っぽく、棒読みで男の子は言った。
ドラマだったら、どんなに良かったか。
例えば俺が俳優で、そういう『恋人を亡くした人の演技』を要求されただけとかだったら? あるいは俺が声優で、『恋人をなくしたキャラクターに声を当ててください』と言われただけだったら?
もしそうだったら、どんなによかったのか。
やめろ。こんな現実逃避なんて考え出したらキリがないんだから。
「……どっ、ドラマじゃない。ほんとに死んだんだ。彼女は、もういない」
「……そうかよ。そりゃ災難だな」
災難?
「そんなありきたりな言葉で表現するな!」
大粒の涙を零しながら叫ぶ。
「そんな言葉じゃ、あまりに足りない。……だって彼女はもう、生きていないんだ。今日結婚するはずだったのに。俺はこれから結婚式のキャンセル料を払わなきゃいけなくて、招待した人に詫びの連絡はメールで一括で送ったけれど、それだけじゃ足りないから、お菓子とかも配らなきゃいけなくて。……彼女の葬式にだって、行かないとけなくて。大切な人が死んだっていうのに、休みたいのに、やることは山積みで。……こんなんじゃ、生きてたって少しも楽しくない」
「……それはそうかもな」
詫びの連絡のメールは、今朝会社に行く前に、一括で送った。流石に結婚式に招待した人に夏菜が亡くなったことを言わないのはどうかと思ったので、夏菜が亡くなったこともきちんと文面に書いて。
「なんで、なんで君は生きたいと思っていないんだ。……君はまだ中学生くらいで、俺みたいに大切な人が死んだ訳でもないくせに」
「言わねー。別にあんたが話せば俺も話すなんて言ってないし」