死のうと思った日、子供を拾いました。
「君、名前は? どこの学校に通ってるんだ」
話してくれそうもないので、俺は質問を変えることにした。
「言わねー。どうせ言ったら、学校に電話でもするつもりなんだろ?」
歯を出して、嫌そうに妖しく笑いながら男の子は言う。
「当たり前だ。今、平日のお昼だぞ。なんで学校さぼってるんだ」
「……学校行ってても授業真面目に聞いてない奴なんて腐るほどいるぞ。そいつらと比べれば、堂々とサボってる俺は十分マシだ」
何を比べているんだ。そもそも俺はそんなこと聞いてないぞ。ガキだ。余りに子供すぎる。
「……君ひねくれてるな」
眉間に皺をよせ、俺は言う。
「……だってあんたと仲良くする気ねぇし。俺、もう行くから」
そういい、男の子は後ろに振り向いて来た道を戻ろうとする。
「何処にだ」
「あんたに話す必要ある?」
心底嫌そうな顔をし、彼は言う。
「俺が気になるからじゃ理由にはならないか?」
「ならねぇよ」
「……そうか」
「とにかく、俺はもう帰るから」
立ち止まっていた男の子が、再び足を進める。
俺は何も言わず、男の子の後を追った。
十分くらい来た道を戻ると、ボロい二階建のアパートがあった。階段はたてつけが悪いのか足をのせるたびにギッと音を立て、壁には小さな穴が開いているところや蜘蛛の巣がある。
「……はぁ。お前まじなんなの。うざいんだけど」
「……すまない。中学生が死にたいというなんてよっぽどの理由がある気がしたから、いてもたってもいられなくて」
「あっそ。ただいまー」
ガチャリと、二階に上がってすぐのとこにあるドアの鍵を開けて、男の子は言う。
「愁斗? また帰ってきちゃったの?」
玄関を上がってすぐのところにある部屋から出てきた女の子が、男の子を見て言う。肩くらいまであるストレートの髪はココアのような色をしていて、影が落ちるくらいまつげが長い。鼻は三角柱をちょうど半分にしたみたいに高くて皺一つない肌が芸能人みたいに綺麗で、切れ長の瞳をしている。
「……だってつまんねぇし」
「もー! あれ、そちらの方は?」
「挨拶が遅くなってすみません。矢野流希と言います。先程愁斗くんに事故に巻き込まれそうになったところを助けてもらったんです。それで、何かお礼が出来ればと思って」
あ、やばい。口角が上がらない。ダメだ。夏菜がいないと笑えない。
「えっ、そうなんですか? わざわざ来ていただいてすみません! 愁斗の姉の真希です」
そう言い、真希さんは慌てて頭を下げる。
「いえいえ、とんでもないです。よかったらご飯でも作りましょうか?」
「ハッ。わざとらしい演技だな。姉ちゃん、そいつが言ってること全部上辺だけだぞ。そいつ、事故に巻き込まれたんじゃなくて、自分から死にに行ったし。それに、本当は俺に感謝なんて少しもしてないんじゃないか? 本当は何で助けたんだって叫びたいんだろ?」
靴を脱ぎ散らかしながら、柊斗は俺を小馬鹿にするみたいに言う。
見透かされた気分だ。
ああ、そうだよ。俺は感謝なんて微塵もしてない。
だってこいつさえいなければ、きっとあの運転手は俺を引いてくれた。子供がいたから、情が湧いて慌ててブレーキを踏んだんだ。それなのに感謝なんてするわけないだろ!
ここに来たのは何か考えてないと、壊れそうだからだ。あのまま別れたら、また自殺しようとしてしまう気がした。それはダメだと思った。夏菜が悲しむから。