死のうと思った日、子供を拾いました。
「なんでお前が悪口を言われたわけでもないのにそういうことをするんだ」

「えーだって誰ががこうしないと、さっきの言葉がよくないものだってわかんないだろ?」
 確かにそれはそうか。

「ごめんなさい新太さん。愁斗は私の弟なのに」
 真希さんが申し訳なさそうに頭を下げる。

「真希さんはいいんすよ、親じゃなくて姉なので。姉に弟を立派に育てる義務なんてないんですから」
「……いえ、私がしっかりしないとダメなんです」
 愁斗の前だから、真希さんはわざと『両親に愁斗を育てる気がないから』と言わなかったのではないかと邪推してしまった。

「あのクソ不倫女」
「新太、子供の前なんだから言葉を改めろ」
 小根の腐った親なのは俺も認めるが、流石にクソはダメだろう。

「別にいい。どうせ事実だし」
 愁斗の言葉を聞いて、俺は思わず顔をしかめる。
 態度を改めてくれると信じているから、いいと言ってるわけじゃない。改めるとはなから期待していないから、別にいいなんだよな。
 つくづく良くない親だな。
 俺も新太も気の利いたことが言えなくて、まるで時間が止まったかのように沈黙が流れた。

「愁斗、たまにはハンバーグでも食べに行こうか」
 陰気な空気を壊そうとして、真希さんは助け船を出してくれた。

 高校生なのに一体どれだけ気が回るんだ。俺には絶対にできない芸当だ。こういうことをしてくれるから、愁斗は真希さんが好きなんだろうな。……いいなあ。夏菜もきっと生きていたら真希さんと同じように助け船を出してくれていたんだろうな。
 困ったことがあったらすぐに真希さんに助けてもらえる愁斗をとても羨ましく感じた。

「え、いいの?」
「もちろん! そうと決まったら、流希さん早く菓子折りを渡しに行きましょう!!」
「はい」
 真希さんを見て俺はしっかりと頷いた。

★★

 結婚式に来る予定だった教授は、現代心理学部の心理学科を担当している宮本教授と文学部日本文学科学科長の加藤教授の二人だ。新太と話し合って、俺達は先に宮本教授に会いに行くことにした。

 宮本教授は、十階建ての研究棟の二階にある三部屋をたった一人で貸し切って日夜研究に明け暮れていることで濃美大学の在校生や卒業生の間で有名だ。

 教授なのでもちろん生徒に勉強を教えてはいるが、授業が終わったらいつもすぐに研究室に行ってしまう。そんな宮本教授のせいで、研究棟は階ごとに部屋が三つあるから単純計算だと三十人の教授の部屋があるハズなのに二十八人の教授しか使えなくなっている。だが、宮本教授はもう二十年以上大学に勤めているから、そのことについて文句を言うのは准教授や事務員などの大した権力がない人達だけらしい。ちなみに俺がそう知っているのは、前に宮本教授の口からそう聞いたことがあるからだ。

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