ボーダーライン。Neo【上】

 弱々しく眉を垂れ、彼女が急に無言になるので、ん? と首を捻った。

 もしかして怒らせたのではと不安になり、あ、と口を開けた。弁解しようとした所で、美波さんは目を伏せポツリと言った。

「気付きたくなかったよ。そんな顔されたら。誰でも虜になる」

 彼女が何を言っているのか分からず、首を傾げたまま、再び頬を緩めた。

「は? なにそれ、詩人?」

 場の空気を和ませるため、僕としては少しふざけて言ってみただけだが、顔を上げた美波さんは真剣な目をしていた。その瞳とぶつかり、ピリリと緊張感が走る。

 ぼうっとした彼女の表情にどこか息苦しさを感じた。

 そのまま、そっと彼女は抱きついた。
 
 僕の肩に手を置き、控え目に言うとくっ付いた状態だが。僕は狼狽え、美波さんと距離を開けた。

 彼女はハッとし、瞳は正常さを取り戻した。

「……み、なみ?」

 突如、地上階(うえ)からおっとりとしたアルトが降ってきた。

 階段を昇りきったその場所に、帰ったはずの幸子が立っていた。

 手で口元を押さえ、まるで信じられないものを見たかの様子で佇んでいる。見開いた瞳は月明かりに照らされ、涙が滲んで見えた。

 ーーえ?

 溜まらずにきびすを返し、幸子は背を向けた。
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