ボーダーライン。Neo【上】
立ち去る後ろ姿に僕は勿論、美波さんも慌ててしまう。
「サチ、見てたんだっ」
「え」
「追って! 早くっ!!」
「あ、うん」
焦って階段を駆け上がり、僕は幸子を追い掛けた。捕まえた彼女は既に泣き顔だった。
彼女を安心させたくて、美波さんとの事は誤解だよ、と言って抱き寄せるが。彼女はかぶりを振った。
「美波は……、檜の事が好きなのよっ」
言っている事は理解できた。しかし、その言葉は何処か腑に落ちず、僕は眉をひそめた。
ーーー
美波さんとは、それっきりだった。
つまり、そのあと幸子と別れる事になったので、それっきり、全く会っていない。
起こった事実と五年の歳月で、僕は気まずさを覚えた。
局内で今さら、お久しぶりです、と会ったところで、互いにぎこちなく、会話も弾まない。
急に廊下の向こうからパタパタと走る足音が響いた。
「あ! いたいたっ」
心配して駆けて来るのは、事務所スタッフの上河 茜だ。
サラサラなストレートヘアで上品な身なりをする彼女は、僕が所属する大手プロダクションでサブマネージャーとして働いている。
プロダクション、『アスナロレコーズ』の社長とは伯父と姪の関係に当たり、おそらくはコネ入社だろう。