ボーダーライン。Neo【上】
「ひとりだけ戻りが遅いから」
言いながら彼女は僕の隣りに立った。
「……茜」
サブマネージャーが迎えに来た事に加え、余り会話も弾まないので、「それじゃあ、僕はこれで」と一礼を残して背を向けた。
「サチ、結婚するよ!?」
唐突に美波さんの言葉が背中を叩いた。
「……言うべきかどうか、迷ったんだけど」
その声色には歯がゆさが込められていた。
僕はピタリと足を止め、真顔で振り返る。
「‘した’じゃなくて、するんですか?」
「え? ええ」
僕の様子に眉をひそめ、僅かに首を傾げた美波さんに、ふぅん、と相槌を打った。
て言うか、と短く続け、僕は薄く笑った。
「あの人まだ独身だったんですか? 今年もう三十一でしょう? 完全に行き遅れ、」
そう発した所で美波さんと目が合い、おっとこれは失礼、と苦笑する。
「前と変わらずキャリア目指してそうな貴女も、まだですよね? 結婚」
「ええ、そうよ?」
美波さんは予想通り、幾らかムッとしていた。
「早くしないと嫁の貰い手なくなりますよ?」
それじゃあ、と再度会釈をし、そのまま踵を返す。
「失礼します」
茜も同様に一礼し、僕は彼女と楽屋へ戻った。