ボーダーライン。Neo【上】
「どうしても辞めなきゃ駄目?」

「ええ」

 秋月くんは困ったように眉を下げ、目をうろうろと泳がせた。

 お腹の前で両手を合わせ、親指をくるくると遊ばせている。その様子を見て、幾らか母性本能をくすぐられた。

 ーーやばい。何かちょっと、かわいいかも。

 危うくほだされそうな自分に、だめだめとかぶりを振る。

「先生、俺さ。バンドするのに、お金が要るんだよ」

 お金、と聞いて直ぐさま六月の賭け話を思い出した。そのせいか、少し意地悪な言い方になる。

「そうね、賭けで儲ける筈だったんだもんね?」

 秋月くんは、キョトンとしたかと思うとどこか納得した素振りで言った。

「先生。あの事まだ怒ってるんだ?」

 図星だった。

「おっ、怒ってないわよ」

「あれはその。マジで悪かったと、思ってるよ?」

「だから! 怒ってないってば!」

「じゃあバイトしててもいい?」

「それとこれとは話が別!」

「けど、マスターは先生の事、大学の先生だと思ってるよ?」

「だからなに?」

「マスターにもバレて無い事だし。ここはひとつ穏便に」

「は?」

「だからぁ。俺とカイは桃林の学生、先生はそこの教師って事で」

 調子良く笑う彼に、口元が引きつった。
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