ボーダーライン。Neo【上】
 あたしが悶々と自分の世界に入っていると、急に美波が声を上げた。すぐ近くにマスターが立っていた。

「そうですね。八月の十二日から十七日まで。ちょっと長いですけどね」

 黒縁眼鏡の奥で、マスターが微笑んだ。

「そっか。いいなぁ~」

 天井を見上げ、美波が嘆息した。

「美波、お盆休みないの?」

「基本はね。有給取ろうと思えば取れるよ? ただ何の意味も無く休むのが嫌なだけ」

「そっかぁ」

「サチは公務員だから当然有るんでしょ? 盆休み」

「うん、たっぷりと」

「いいなぁ~。ね、何か予定あるの?」

「ん~。有って無い様なものだよ。実家帰るかどうするかってとこだし。

 帰ったら帰ったで、どうせお見合い勧められるか、圭介との結婚急かされるか、どっちかだし。今年はあんまり気乗りしないなぁ」

 天井を振り仰ぎ、次に溜め息をつくのはあたしの番だ。

「お待たせしました」

 ちょうどその時。バーテンの秋月くんが現れ、美波の手前にグラスを置いた。

 不意打ちに似た衝撃に、あたしは口をキュッと結ぶ。

「サンキュ! あ、檜くん。シェーカー振る姿、サマになってるね~?」

 ウインクをし、ピッと指差す美波に、彼は引きつり笑いで答える。

「止めて下さい、冷やかすの」

「アハハ、ごめんごめん」
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