新妻の条件~独占欲を煽られたCEOの極上プロポーズ~
 たしかにそうなのだ。私は明日か明後日には日本へ戻る。そうしたら、雪丸を励ますこともできない。だから、そっと陰から見守った方がいいのかもしれない。

「……わかりました」
「また明日連れてきてあげよう」
「えっ? 入口にあったベンチで寝ちゃダメですか? 雪丸に見つからないように見守りたいんです」

 私は来た方を指で示す。

 結城さんは切れ長の目を大きくさせてあぜんとした表情になった。

「ここは君の牧場じゃない。外国なんだぞ? 従業員を信用しているが、万が一ということもある。あんなところで寝かせられない。モナコの俺のアパルトマンに泊まるんだ。部屋はある」

 常識を振りかざされて私はぐうの音も出ない。

 そこへ牧場の人だろうか、半袖のシャツと乗馬用のズボン姿の男性が通路にいる獣医師のもとへやって来た。結城さんも話に加わり、真剣な表情で話し始める。

 なにか大変な話をしているのだろうと推測できるけれど、まったくわからない私は雪丸が飼葉を食べるのを見守る。

 かわいそうに……慣れ親しんだ場所から引き離されたから戸惑っているんだよね。

 いつの間にか結城さんたちの話は終わっていて、声をかけられて我に返った。

「そろそろ帰ろう」
「……もう少し、いちゃダメですか?」

 ここへ来てまだ一時間も経っていない。どうしても別れがたくて、頼んでみる。

「これから用事がある。君ひとりでは帰れないだろう?」
「だから、ここにっ」
「それは許可できない。日野戸さんから君のことを頼まれているんだ。海外が初めてだから心配だと」
「おじいちゃんが?」

 簡単に『行ってこい』と言ったけれど、心の中では心配してくれていたのだ。そう思ったら、結城さんの言葉に従うしかない。

 私は雪丸に向き直る。

「雪丸、ちゃんと食べて、たくさん走るのよ」

 彼の頬に唇をあてて優しくなでると、私は身を切られるような思いで馬房を出た。

「ブルル……」

 悲しくて雪丸を見られなかった。

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