キミと、光の彼方へ。
海里に送ってもらい、無事に帰宅すると、居間で瀬代さんが待っていた。


「珠汐奈!」

「すみません。勝手に飛び出した上にこんな時間に帰って来てしまって...」

「一旦ここに座って」

「はい...」


私は大人しく自分の行いを反省しようと、正座をした。

しかし、瀬代さんはというと、緊張感など皆無で、むしろ微かな笑みさえ見えていた。

もう許してもらえているとは思うけれど、私は頭を下げた。


「昨日は本当に本当に...すみませんでした。もうこのようなご迷惑は......」

「迷惑なんかじゃないよ」

「でも......」


私が言葉を続けようとすると、瀬代さんは首を真横に大きく振った。


「潮男さんなら、こういう時は怒鳴るのかもしれないけど、僕はそういうのがどうも苦手でね。海の男だった潮男さんのように威厳のある父親になりたいとずっとそれを望んでいて、そうなろうと努力したんだ。でも僕はいつも怒るより先に受け入れてしまう。なら、それでもいいんじゃないかって最近になって思い始めたんだ」


瀬代さんの想いがじわじわと伝わってきて私の心も体もぽかぽかと暖かくなってきた。

今まで受け取るのを拒み続けて来た優しさや温もりだった。

これがきっと...瀬代さんの、愛の温度なんだ。


「ただ、潮男さんにも僕にも共通していることはある。それは、大事な娘を信じるということ。その気持ちはどの父親でも皆等しく持っていると思う。だから、僕は待った。珠汐奈が自分の足で帰ってくるのを信じて待ったんだ」


瀬代さんの思いに、銅鑼が目の前で鳴らされたかのように胸を強く打たれて心の中で反響し、言葉が出なくなった。

俯く私に瀬代さんは優しい温もりを与え続ける。


「今こうしてちゃんと帰って来てくれてありがとう。珠汐奈は家事もバイトも勉強もこなして毎日一生懸命に生きている。こんな素晴らしい子を僕は娘に持てて心の底から嬉しいよ。なんて言ったら、潮男さんに嫉妬されちゃうなぁ」


瀬代さんは笑ってる。

こんな私を受け入れてくれる。

こんな私を素晴らしい娘だと言ってくれる。

こんなにも優しくて愛に溢れた人がいたのに、私はずっと無視して傷付けてきてしまった。

本当は分かっていたはずだ。

自分が見えなくしていただけなんだ。

変わることを恐れて色々なものに蓋をしていただけなんだ。

それが間違いだらけだったと気づいたのなら、今、その蓋を開けよう。

もう、こんな自分......辞めよう。

私は目の奥がジンジンと痛くなるのを堪え、競り上がってくる思いを口にした。


「今まで色々とごめんなさい。これからも迷惑かけるかもしれませんが、私を...娘として見守ってくれますか」

「うん、もちろんだよ」


私は家中の酸素を吸い込み、火照る頬を気にしながら言った。


「ありがとう......お父さん」

「うん。こちらこそ、僕をお父さんにしてくれてありがとう」


呼吸が通った瞬間、暗い部屋にロウソクの火が灯るように、心にほのかな灯りがついた。

その灯りは眩しいほどに輝いているわけではないけれど、優しくて暖かくて愛に満ちているように思えた。


「あっ!お姉ちゃんだっ!」

「砂汐奈、おはよ」

「おはよじゃないよ、もぉ!心配したんだからねぇ!」

「ごめんごめん」

「お父さん、もっとお姉ちゃんのこと叱っていいよ!悪いことした人にはちゃんとお仕置きしないと」

「あははは!砂汐奈は相変わらず面白いね!」

「笑ってないで怒ってよぉ!」


こんなにも賑やかな朝は父が亡くなる前の朝食の時以来だ。

母の作ったあら汁と父が採ってきた魚、私がお手伝いで研いだ米が炊き上がってほかほかになったご飯がいつも食卓に並んでいた。

今はもう見ることが出来ない風景だけれど、今は今で確かに愛に満ちている。

関係性が変化しても、愛は形を変えて人と人との間にあるんだ。

その温度は体温に近くて安心出来る。

そして、愛と愛がぶつかったり重なったりして奏でられる音楽は、どんな名曲よりも美しいハーモニーだろう。

愛と愛で共鳴する世界はきっと美しいんだ。


「珠汐奈」

「はい」

「大切なもの、ちゃんと見つけられたかい?」


そう......だなぁ。

見つけられた......かな。

うん、見つけられた。

見つけたんだ、私。


「うん、見つけたよ」


私と一緒に歩いてくれる、大切な人を。

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