冷徹御曹司は初心な令嬢を政略結婚に堕とす
「……あの、まさかとは思うんですが」

もしかして、もしかしなくても、宗鷹さんを抱き枕にしろ……なんて言わないよね?
体はそわそわ、心はハラハラしながら問いかけると、彼は『当然』と言った顔で頷く。

「せっかく俺がいるんだ、試してみるのも手だろう?」

「ええっ!?」

素っ頓狂な声を出したくなるのも無理はない。だって、意味がわからない。

「どうせ俺もそろそろ寝ようと思って、寝室に来たんだ」

「寝るって、もしかして一緒にとか言わないですよね?」

「その通りだが。新婚夫婦が同じベッドで寝るのは当たり前だろう」

それ以前にこの家にはベッドが一台しかないしな、と彼は悪びれもなく言う。

「新婚夫婦、って……」

「言葉通りの意味だが。俺と君は婚姻届にサインをしたし、君の名字は明日から菊永になる」

「あ……。そういえば名字、変わるんですね」

二十五年間、櫻衣という名字が私を表す全てだった。そして、責務を告げる楔だった。
だというのに、いざ解き放たれてみると寂しいと思ってしまう。
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