クールな騎士はウブな愛妻に甘い初夜を所望する
 と、そこへ「ごほん」と咳払いに似せた声が響いて、レティシアはハッとする。一番いたたまれないのは、教師だったかもしれない。柱時計の近く、ピアノが置かれた場所にいたらしく、いつ声をかけようかというところだったようだ。
「あ、先生、ごめんなさい。ご挨拶する前に……勝手に賑わってしまって、失礼しました」
「いいえ。その紳士淑女の交流のレッスンのためにここへ来ていただいたのですから」
 と一言添えたあと、
「改めまして、ごきげんよう。レティシア王女殿下、それからランベール様、本日はご両名様、どうぞ仲良くよろしくお願いしますね」
 教師は上品に微笑む。
「はい」と、同時に異なる声が重なり、レティシアはランベールと顔を見合わせた。
 全身が心臓になったみたいにドキドキしている。さっそくレティシアは彼の腕に捕まる。こんなふうに密着したのは初めてで、顔から火がふいてしまいそうだ、とレティシアは想った。
 それからまもなくレッスンがはじまったのだが――。
 ふたりで手を取り合い、ワルツの調べに乗せて、彼の腕に身を委ね……と、優雅なレッスンを想像していたレティシアは、教師の熱血なダンスの指導に目を白黒させていた。
(――こ、こんなはずでは……)
「止まって。そこでもっと背筋を伸ばして、顎を引いて、まだまだ硬いですよ」
 指示棒を振り、王女であろうが容赦なく、背中を叩かれる。
「は、はい」
 レティシアは言われたとおりに背筋を伸ばし、顎を引いて、にこりと笑顔を作ってみせた。その表情が引きつってしまっていた。
 これでは、とてもランベールに見とれている時間などない。ひょっとしたらダンスという名の剣舞か何かなのではないかと思うくらいだ。
「では、もう一度、最初からやり直しましょう。はい、ワンツースリー、ツーツースリ……」
 教師の手拍子と声に合わせて、レティシアはランベールに誘導されるがままステップを踏んだ。
(見た目はやさしそうな先生なのに、とんでもなく厳しいのね……!)
 教えてもらったとおりには踊れるのだが、それはランベールがリードしてくれている前提で、全体的にレティシアからはぎこちなさが拭えない。
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