クールな騎士はウブな愛妻に甘い初夜を所望する
「こんな私が、例えば、今、恋をしていると言っても、誰も信じてくれないわよね。それに、恋をしても、私は……私自身が結婚を決められるわけじゃないし」
 レティシアがぽつりと言うと、ランベールは少しだけ驚いたように目を大きく開いた。
「レティシア様……」
「あ、違うの。例えばの話よ。誰というわけではないわ」
 レティシアは笑顔で冗談っぽく言った。
 けれど、想いは今にも溢れそうで、ちょっとした拍子に言葉にしてしまいそうだ。
 そんなことはできない。ランベールを困らせてしまうだけだから。
 恋のことはよくわからない。ただ、こんなに胸が締め付けられるほど、誰かを想ったことは一度もない。
 ランベールの側にいると、いつも心が揺れて、どうしようもなく彼が恋しくて、泣きたくなってしまう。
 物語の主人公はそういう感情を『恋』と呼んでいた。それならきっとレティシアもランベールに恋をしているのだろう。
 けれど、花の妖精とは置かれている環境や身分が違う。レティシアの今の気持ちを恋と呼んではいけないのだ。
 せっかく楽しい気持ちだったのに、水を差してしまったようだった。レティシアは取り繕って、ランベールの腕に絡みついた。
「ねえ、ランベール。手拍子の代わりに、歌をうたってもいいかしら? さっきのステップの練習になると思うの」
「どうぞ。お付き合いいたしますよ」
 ランベールはいつでもレティシアの要望を断らない。受け入れてくれる。だからこそ、レティシアは彼に無理なお願いはしたくないと思っている。
 彼が受け止めてくれるのは、彼女が王女であり、彼が騎士であるから。甘えていい部分とそうではない部分を、レティシアなりに考えている。
「あんまり大声で歌っていたら、はしたないって言われてしまうから。庭園の小鳥とおしゃべりするくらいにするわ」
 と、レティシアは肩をすくめてみせる。
 ダンスレッスンの相手を快く引受けてくれたランベールのためにも、大事な時間に思いつめてしまうくらいなら、こんなふうに少女のように無邪気に振る舞っていた方がずっといい。
「そうですね。レティシア様のかわいらしい歌声、私は好きですから。咎められては悲しいですので」
 それからレティシアは歌いはじめた。ランベールは笑顔でエスコートしてくれる。
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