ミスアンダスタンディング
“おいで”と広げられる腕はどこにもない。
擽ったいほどのキスの嵐は降ってこない。
いつも私の身体を優しく撫でる手は微動だにせず、シーツと同化しているかのように動かない。
“なんで?”って聞けない。
“どうして?”って問い質せない。
「…ねぇ、」
静かに発した声に「…ん?」と小さな返事が返ってくる。
寝ていてくれた方がよかった。それならまだ、仕方ないと思えたのに。
起きているのに触れてくれない事実が、余計に私の心を黒く染めた。
『ちょっと他の人と試してみたい、とかさぁ。そういう欲ってあるもんじゃない?』
私が否定したそれを、空大は、一体どう答えるんだろう。
そんな考えばかりが頭の中を巡って。
どんどん心を染めていく黒い感情は、手に負えないところまできてしまった。
「――他の女の子と、遊びたい?」
思わず口を突いて出てきた言葉に背後から「…は?」と乾いた声を浴びる。
とても寝れるような気分じゃなかった。むくりと上半身を起こせば、後ろにいる空大も同じように身体を起こしたのが雰囲気で分かった。
シンとした静寂でさえ、私を蔑《さげす》んでいるように思えて。
「だって、私たちってお互いしか知らないでしょ?」
「……」
惨めな自分を取り繕うように、メグが言っていた台詞をそのまま口にした。
「ほら、一回くらいさ、他の人と試してみたいとか思ったりしない?」
無理矢理 口角を上げて振り向いたけれど、その先にいた空大は私とは正反対に、思い切り眉根を寄せていた。
「…それ、本気で言ってんの?」
数秒の間を置いて放たれた声は普段よりずっと低いもので、思わず身体が強張る。
「それって自分がそう思ってるんじゃねえの?」
「っそういうわけじゃ」
「じゃあなんでそんな言葉が出てくんだよ」
荒い声が私の言葉を遮る。空大のこんな声を聞くのは初めてだった。
「…っ」
睨みつけるような視線が身体中に突き刺さる。
怒らせてしまったと悟るには十分すぎるくらい、空大が纏う雰囲気は嫌悪に満ちていた。
「…帰る」
吐き捨てるようにそう言った空大は、早々にベッドから降り、帰り支度を始める。
玄関へと向かうその背中を咄嗟に追いかけた。