花鎖に甘咬み
「ちとせ」
背けたばかりの顔なのに、呼ばれれば、素直に振り向いてしまう。
開いた柵の扉を背後に、金の鍵を手にした真弓が悠然と立っていた。こんなときなのに、うわ、格好いいな、と改めて息をのむ。
物語の挿絵みたいだ、これはあくまでも、現実なのだけれど。
「来いよ」
くい、と顎で呼び寄せる。
そうやって、雑に呼んだかと思えば、丁寧にうやうやしく手のひらが差し出された。
その仕草に既視感があるのは、パーティーでダンスに誘い出すときのそれと同じだから。
男の人が差し出す社交辞令の手のひらに、幾度となく手のひらを重ねてきた。私の名前にしか興味のない人とのダンスなんて苦痛でしかなくて、ワルツの終わりが永遠に遠くて、早く終わればいいのにと、ため息をつくばかり。
それに比べて、真弓が差し出す手のひらは。
なんて、心の踊る誘いなの。
踵が浮くような心地を、私は今、はじめて知った。
真弓の手に、そっと自分の手のひらを重ねる。
誘われるままに、扉の向こうへと足を踏み入れた。
直後、背後に響くギイィィィ……と錆びついた重い音が、心臓のざわめきをかき消してくれる。
「行くか」
「うん。……え、どこに?」
「黙って着いてこい」
「もう! ちゃんと説明してってば!」
〈薔薇区〉の内側へ。
歩き始めた真弓の背中を追う。
一度たりとも、扉の方は振り返らなかった。