月に魔法をかけられて
「んっ?」

再び、私の大好きなふわりとした柔らかい表情を向ける。

「私……今日でここからお家に帰ろうと思います。朝、瞳子さんにもお話したのですが、瞳子さんが帰って来られたらお家に帰るつもりです」

「えっ? 急にどうして?」

さっきまでの柔らかな表情が、急に眉を寄せた怪訝そうな表情に変わる。

「急にってわけじゃなくて、そろそろお家に帰らないと瞳子さんにもこれ以上迷惑かけたくありませんし」

本当の気持ちを悟られないように、私は真剣な顔をして副社長を見つめた。

「でもまだ犯人が捕まってないだろ。犯人が捕まるまでここにいたら? 俺はその方が安心だし。瞳子のことなら心配ないよ。瞳子はまだここにいろって言わなかった? 迷惑なんかじゃないし、俺からもう一度瞳子に言うよ」

その表情から本当に私を心配しているのが伝わってきた。

「いえ、帰ります。いつまでも甘えてられないですから」

「甘えとかじゃないだろ。美月、またあんな目にあったらどうするんだよ」

副社長の目つきが少し険しくなる。

「もう大丈夫だと思います。怖いことは怖いですけど、今度は車に連れ込まれないように気をつけますし……」

「何を言ってるんだよ! あんなひどい目にあったのを忘れたのか! 今度はあれだけじゃすまないかもしれないんだ。状況が……もう少し状況が分かるまでここにいろ」

言うことを受け入れない私に、副社長が苛立ちを抑えながら言い聞かせる。

「状況がわかるまでってそんなことできません……。ほんとに大丈夫です。気をつけますから……」

「大丈夫じゃないだろ!」

「大丈夫です……」

「美月!」

とうとう副社長がイライラとした怒りに満ちた声をあげた。
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