月に魔法をかけられて
その声を聞いた瞬間、堪えていた涙がぽろりぽろりとこぼれ始めた。

「帰りたい……」

私の涙を見て副社長がハッとした表情に変わる。

「ご、ごめん……。怖かったよな。ほんとにごめん……」

副社長が優しく私の手を引き、抱き寄せた。

「やっ、やめて……」

その手から逃げるように副社長を遠ざける。

「美月……どうして……」

驚きを隠せない表情で私を見つめる副社長。

これ以上一緒にいるなんてできない。
副社長のことが好きで好きで堪らなくて。
触れられるたびに身体中がもっと、もっと……と副社長を求めていて……。
その度に何も報われない想いに、心と身体が助けてと悲鳴をあげていて……。

今ならまだきっと引き返せるはず。
少し好きになっただけと思えるはず──。

「わ、私……帰ります……」

私はソファーから立ち上がった。

「ちょっと待って。急にどうしたんだよ。美月……」

「壮真さん、本当にありがとうございました。お休み明けたらきちんと仕事はしますので安心してください」

立ち上がったまま頭を下げる。

「何言ってんだよ。待てよ、美月!」

私が部屋から出て行こうとするのを、副社長が阻止するように強く抱きしめた。

「は……離して………」

「いや、離さない」

「どうしてこんなことするんですか? もう私に優しくしないでください……。離して……」

副社長の腕を振り解くように離れようと身体を遠ざける。だけどその腕は私をきつく抱きしめたまま、決して解かれなかった。

「離してってば……離して……」

「離さない!」

腕の中で涙を流しながら抵抗する私の気持ちを無視するように、抱きしめる力がますます強くなっていく。

「お願いだから……離して……。離してよ……」

「おい、美月! どうしたんだよ。落ち着けよ」

「もう離してって言ってるの……。どうして……どうしてこんなことするの……」

「どうしてこんなことをするかって? それは好きだからに決まってるだろ! 俺は美月のことが好きなんだよ!」
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