月に魔法をかけられて

「美月、ひとつ聞いてもいい？」

何を聞かれるのだろうと不安になりながらも、私は小さく返事をした。

「どうして……どうして家に帰ろうとするんだ？」

瞳の奥でその理由をさぐるように、真っ直ぐに見つめる。

「心配なんだよ。だからここにいろよ。な、美月。なんか居づらい理由があるなら、俺が何でも受けとめるから……」

私が怖がらないように目元を柔らかくしてふわりと微笑む。だけどその瞳は私から決して視線を逸らさなかった。

「わ、私……」

「んっ？」

「私……壮真さんと一緒にいるのが……つらくて………」

柔らかく微笑んでいたのが切なそうな表情へと変化していく。

「つらい……か………」

その言葉を受け入れるように副社長は視線を落としながら口をキュッと固く結んだ。

「私、壮真さんのことが……好き……で……。だから……辛くて……」

「えっ……？」

急に眼を見開き、今度は驚いた表情に変わる。

「えっ？ あっ……はっ？　い、今美月、俺のこと好きって言った……？」

副社長を見つめながら小さくこくりと頷く。

「えっ、うそ……い、今、つらいって……。どういうこと？ いやマジで？ ほんとに……？」

こんな焦った姿の副社長を初めて見て、私は薄っすらと笑みを浮かべた。

「えっ、どういうこと？ い、いつから……？　いや、そんなことはどうでもいい。どうして……どうしてもっと早く言わなかったんだよ……」

「それは……」

「いや、早く言うじゃないな……。それは俺が先に言うべきことであって……。だけど美月……少しは俺のこと好きな素振りくらい見せろよ………」

「そ、それは……てっきり副社長は絵奈さんのことが好きなのかと……」

答えながら段々と声が小さくなっていく。

「はぁ？ 絵奈？ 誰だよそれ……？　ああ、うちの化粧品のモデルのことか。なんであんなやつのことが好きなんだよ。見てたらわかるだろ」

「だって……絵奈さん綺麗だし、副社長とお似合いだし……」

「あの女が綺麗？ ちっともそんなの思ったことなんかねぇよ」

副社長は怪訝そうに眉根を寄せながら、不愛想に言葉を吐き捨てた。