赤鬼と黒い蝶
「安土城で一緒に暮らさぬか。帰蝶と離縁し、紅を正室に迎えてもよいのだぞ」

「そのようなことは望んでおりませぬ。でも……上様と一緒に暮らしとうございます」

「どうして、そこまで頑ななのだ。わしは紅しか愛せぬというに」

「……上様。俺も……上様しか愛せませぬ」

 涙ぐむ紅を抱き締め、海に漂う藻のように縺れ合い、浜に打ち寄せる荒波のように体を打ちつける。誰になんと言われようと、紅を我が手中から放したりはしない。

 紅を腕に抱き共に果て、そのまま深い眠りに落ちた。

 ――深夜、廊下で野太い声がした。

「上様、おやすみのところ申し訳ござりませぬ。先ほど使者が参り、佐久間信盛(さくまのぶもり)率いる軍勢が、石山本願寺を水陸から包囲し兵糧攻めにしたそうですが、毛利水軍に阻まれ敗退したそうにございます」

「そうか」

「毛利水軍により、石山本願寺に兵糧や弾薬が運び込まれたとのこと」

「なんと……」

 わしは熟睡している紅を布団に残し、部屋を出る。

 “上杉輝虎(うえすぎてるとら)(謙信)を盟主とし、反織田信長に同調する数名の武将が結託した”と聞き、更なる闘志に火が点る。

 ――1577年(天正5年)
 雑賀衆討伐のため大軍を率い出陣する。
 わしの馬の後ろには、紅の馬が連なる。

 『女として生きよ』何度もそう説いたが、頑固な紅は首を縦には振らなかった。誰に似たのか、意固地なところはわしにそっくりだ。

 紅とわしは、一心同体。
 紅もまた1人の武将、天下人なり。
 
「上様、討伐ではなく降伏させ、和睦をし撒兵(さっぺい)いたしましょう」

「和睦とな」

「はい」

 紅は他の家臣が考えつかぬような提案をし、周囲を驚かせる。わしは紅の助言に従い、紀伊国から織田軍を撒兵した。
< 120 / 190 >

この作品をシェア

pagetop