赤鬼と黒い蝶
SHOCK 12
【美濃side】

「信忠殿を総大将とした大軍が信貴山城で松永久秀(まつながひさひで)を討ち取ったそうにございますよ」

 多恵は信忠の勝利がよほど嬉しいのか、早口で捲し立てる。

(そうですか。信忠殿が合戦でまた功績を挙げたのですね)

「ほんに強き武将になられましたな。これも帰蝶様と紅殿が手塩に掛けてお育てした賜物でございます」

 紗紅は光秀の手紙を読み、私が止めるのも聞かず、馬を走らせ信長の元に駆けつけた。

 紗紅は信長を……。
 主君としてではなく、異性として愛している。

「あのお噂はやはりほんとでありましょう」

 多恵は男同士でありながら、信長と紅が情を通じていると思っているらしいが、2人の間には海よりも深く(そら)よりも広い愛が存在している。

 紗紅は再び信長の側に仕え、合戦に出陣する意向だと聞いた。信長を愛するあまり、我を忘れ戦場で暴れる紗紅に、私は気が気ではなかった。

 現世でも紗紅は私や母に反抗し、言いつけを守らず、いつもヒヤヒヤさせられた。

(幾つになっても、変わらない……)

 当時のことが懐かしくもあり寂しくもある。私の元から離れ、日々、男達と戦場にいる妹を案じる。

「帰蝶様、誰が変わらぬのですか?」

 多恵に口話(こうわ)を読み取られ、思わず苦笑いする。

(多恵は昔から変わらぬと申しただけじゃ)

「さようにございますか? 帰蝶様こそ、肌は艶やかで張りがあり、嫁いだ頃とほんに変わりませぬ。若さと美しさを保つ秘訣があらば、教えていただきとうございます。そう言えば……、光秀殿からまた文が来ておりましたな。内面から滲み出る美しさの秘訣は、それやもしれませぬなぁ」

(……た、多恵。なんということを)

 私と紗紅が歳を取らないのは、未来からタイムスリップした私達が、この時代で生きることを、神に認められていないからに過ぎない。

「好いたお方がいると、女子(おなご)も夜空に浮かぶ星のように、光り輝きましょう」

 多恵の言葉に思わず赤面する。私達の素性を知らない多恵は、ニヤニヤと笑みを浮かべた。
 
 私と光秀は、最近頻繁に手紙のやり取りをしている。歴史を思い起こせば、終わりの時は刻一刻と迫っているはず。光秀と手紙を頻繁に交わし、何としても光秀の謀反を阻止しなければならない。

 それが……。
 この戦国の世で、私が出来る唯一のことだから。

「光秀殿からの文には何と……?」

(……そ、それは申せませぬ)

 光秀の手紙には合戦のことは書かれてはいない。書かれているのは、信長や信忠の功績と、私の体を心配する優しい労いの言葉だけ。

 そこに『愛している』と書かれていなくても、それだけで光秀の愛情が感じられた。

 ――光秀殿……。
 どうか……上様と争うことなく、お過ごし下さい。

 そう祈らずには、いられなかった。
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