ニセモノの白い椿【完結】
「――私は、これから友達のところに行くの。東京には遊びに」
咄嗟に嘘をついていた。
余裕のあるふりをして笑顔まで浮かべて。
この男とこの女にだけは、絶対に惨めな姿を見せたくない。
あんたとの離婚なんて、私の人生において取るに足らないものだったと思わせたい。
強がりなものになってもいけない。あくまで自然な笑顔で。必死に自然な笑顔を探す。
「――ふっ」
何故か、元夫が息を吐くように笑った。
そして、私の姿を意味ありげに見つめる。
この日、私はスーツを着ていた。
「君に、東京に友達なんかいないだろう? 浜松から出たこともないのに、そんな見え透いた嘘を」
どうして、私がこの人にそんな風に笑われなければならない――?
「そういうところだよ。君のそういうところが、息が詰まって仕方がなかった。人形か何かと暮らしているみたいでね」
――君は本当に綺麗だね。君ほど美しい人に出会ったことはない。
何か女神さまでも崇めているみたいな目で見ていたその目が、蔑みを滲ませた目になって私を見ている。
「でも、君はとても綺麗だからね。すぐに、またいい人が出て来るさ。僕は何も心配していないよ」
同じ”綺麗”という言葉が全然違うものに聞こえる。
僕は何も心配していない――だから、あんなに簡単に捨てたんですか。一方的に捨てた自分を正当化までして。
ろくでもない。
「じゃあ、元気で」
もう、何も考えられない。
自分が今笑っているのかどうかも分からなかった。
「椿さん、ごめんなさい。では、失礼します」
その甘ったるい声と勝誇ったような目が、私の胸を突き刺す。
”ごめんなさい”
何が? ごめんなさいって何。
「優里、行こうか」
「はい」
あの男の神経も、放たれた言葉も、何もかもが理解できない。
でも、ただ一つだけ分かったことがあった。
私は、本当にこの人から愛されていなかったということだ。
遠ざかって行く背中を、絶対に見送ったりなんかしない。絶対に、涙を零したりしない。
二人に背を向けて、歯を食いしばって前を見た。
その時たまたま目に入った、電光掲示板のこの日の日付け――。