ニセモノの白い椿【完結】
無視してやろうかとも思った。
でも、今でもこの男に囚われていると思われるのも癪に障る。
そう思って振り向いてしまった。
でも、そんなくだらないプライドから振り向いてしまった自分をすぐに呪った。
「あ……なた、は?」
掠れそうになった声を、懸命に続けた。
激しい動揺が露わにならないように。言いようもない感情が溢れてしまわないように。
元夫に寄り添うようにして、あの女までもが立っていた。
一歩下がった場所、彼に隠れるように、まるで守ってもらっていますとでも言うように立ち、私を真っ直ぐに見ている。
その女は、元夫の、今現在愛する女。
『僕が一緒にいて本当に心安らぐのは、彼女だと分かってしまったんだ。僕の人生の伴侶は君じゃない』
よりにもよって、その女は、私が銀行で働いていた時の後輩で。私がよく知っている女。
寿退社した後の職場で、いつの間にか夫とそういう仲になっていた。
『山中さんと結婚できるなんて羨ましい。でも、椿さんなら当然ですよね。お似合いのカップルで、私まで嬉しいですぅ』
なんて言って笑っていたくせに。
「ああ。僕は、出張で。これから浜松に帰る所だ」
どうして、彼女と一緒にいながら私に声を掛けたりするの――?
その神経が分からない。
不倫をしておきながら、どうしてそんな風に堂々と私の前に二人で立っているの?
出張先に同伴するって、どういうことなのか。
平日にこうして一緒について来ているということは、もう彼女は仕事を辞めたのか……。
激しく感情を揺さぶられるのを、必死でやり過ごす。
でも、どうしても上手くできない。
「そうなんだ……」
声が引きつる。
「……で、君は?」
私も帰ろうとしていたところだ。
このままだと、同じ方向に向かうことになる……?
どう答えるのがベストなのかと逡巡している時、元夫が手にしている鞄と一緒にエメラルドグリーンの小さな紙袋がぶら下がっているのが目に入った。
それは、有名なジュエリーショップのものと誰もが分かる紙袋。
ちょうどそこにその店舗がある。
そこの店で買って出て来たところで、私を見かけた――そういうことか。
おそらくそう遠くない日にこの女と結婚するのだろう。
その紙袋の中にある宝石は、東京に出張に行くと知った彼女がおねだりしたものか、または婚約指輪か結婚指輪か――。
どちらにしても、彼女への愛の証だ。