ニセモノの白い椿【完結】
4月3日。
すっかり忘れていた。私の、31歳の誕生日。
離婚された元夫に偶然会って、他の女と仲良く帰って行くのを見送る羽目になった、笑えるほどに最低な夜。
嘘までついたのに、憐れむような目を向けられた、惨めな夜だ。
どうしても――。今日は、誰もいないあの家には帰りたくない。
そう思ってしまった。
そう思ってしまったら、哀しみがぶり返すように溢れ出して、疲れ切った足をすくませる。
あの人に、何も言えなかった。
笑顔を作ったところで何一つ言えなくて。
情けなくてたまらない。
こんな時、すべてを忘れるには――。
一人、酒でも飲まなければ、どうにかなってしまいそうで。
この街のことなんか何も知らないのに、生まれて初めて一人でバーというものに入った。
一人で飲んだこともない私は、一人で飲んでも浮かない場所はバーだろうという安直な考えで飛び込んだ。
日頃ならおじけづくだろう。でも、もう何もかもどうでもよくて。
酒さえ出してくれれば、いい気分にでもしてくれればそれでいい。
何もかも全部忘れたい。
惨めな自分も、あの男のことも――。
ここで新しい生活を始めるのだと意気込んでいたはずの自分は、どこに行ってしまったのかというくらい、元夫と会ったことが私をかき乱していた。