ニセモノの白い椿【完結】
どうして人生って、こうも気分が沈んでいる時に限って、嫌なことが起こるのだろうか。
「――どうして、あなたがここにいるの……?」
7月に入ってすぐ。
勤務を終えて職場を出ると、裏口に面した通りに、顔も思い出したくない男が立っていた。
「突然、ごめん。君のお母さんから聞いたんだ。連絡先を教えてほしいと言ったらここを教えられた。椿、携帯の番号変えただろ?」
どうして、元夫に、新しい職場を教えたりするかな――!
母親の呑気な顔が頭に浮かび、怒りが込み上げる。
「そもそも、どうして連絡なんか? もう、私に用はないはずだけど」
あの巨乳女とよろしくやっているはずだ。どうして、今頃、私の前に現れるのだ。
スーツ姿でそこに立つ元夫は、また東京出張の帰りだろうか。
「君に会いに来た」
会いに来た――?
「まさか君が本当に東京に出て来ているなんて思いもしなかったよ。それほどまでに、僕との離婚が辛かったのか? 浜松にいられないほど、君に傷を与えたのか?」
一歩一歩、私に近付いて来る。
何を言ってるのだ、こいつは――。
近付いてい来る元夫の目は、異様なほどに熱を帯びていた。
憐憫なのか自惚れなのか。どちらにしても、訳が分からない。
「椿は、僕が浮気したと言っても、離婚してほしいと言った時も、決して取り乱すことはなかった。そういうところが、男として僕は傷付いたよ。結局、君は僕を愛していなかったんだって。ずっと、君に愛されているという実感がなかった」
――だから、手近な女に手を出した。もっと癒されたくて。
そうとでも、言いたいのだろう。
沸々とたぎるように感情が込み上げて来る。
私には他に逃げる場所なんてなかった。
他に癒してくれる人を探そうなんて考え、思い浮かびもせず。
私は、ただ、あの家でずっと一人、この人を見つめていた。あの部屋でこの人の帰りをずっと待っていた。
あまりの悔しさからか、不本意ながらも涙が滲んで来る。