ニセモノの白い椿【完結】
「……椿」
怯んだように、元夫が動きを止めた。
「あなたが彼女とどうなろうが、私には関係ない。やり直すつもりもない。もう、お引き取りください」
真っ直ぐにその目を見て、はっきりと告げた。
これ以上話をしたくない。
これ以上、この人との過去を後悔したくない。
足早に元夫の横を通り過ぎる。
これ以上、私を哀しくさせないで――。
心の中でそう夫に言葉を吐く。
「椿、待てよ!」
元夫に背を向けて歩き出した足を引き留められる。腕を強く引き寄せられた。
「もう、いい加減に――」
「君にとっても、悪い話じゃないはずだ。東京で、君一人の稼ぎで暮らしていくのは大変だろう。僕のところに戻ってくれば、もう生活の心配はいらない。以前のように、君は家にいて何不自由なく暮らせるんだ。頼る人もいない東京なんかで、苦労する必要はないんだ!」
人の弱い部分に踏み込むように言葉を連ねて行く。この男の言うことは、今の私の不安につけこんで、かき乱す。
でも――。
腕を振り払い、大きく深呼吸する。
この人は、私が戻るべき場所じゃない――。
元夫を見据え、口を開いた。絶対に目を逸らしたりしない。
「ふざけたことをぬかすのも、たいがいにしろ!」
「つ、椿……?」
その目が、何か得体の知れないものを見ているかのように揺れている。
それに構わず、ぶちまけた。
「あんた中心に世界が回っているわけじゃないんだよ。私を手放したのは誰だ。あんただろ。甘えたこと言ってんな。彼女はわがままばかり? 自己中心的で、あんたに尽くしてくれないって? だから、戻って来い? 寝言は寝て言え。あんたに尽すために女は存在してるんじゃない。自分のしたことの責任は、自分で取るんだよ。この甘ったれが!」
「椿、おまえ……」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして。
それも無理はない。この男の前で、初めて本性を出したのだ。
「……言いたいことは、それだけか?」
「何? まだ、足りない? もっと言ってやってもいいんだよ。あんたなんか、こっちがもう愛想尽かしたよ。もし、逃した獲物は大きかったと後悔してんなら、この先一生後悔してろ――」
「もういい。分かった」
元夫が低く冷え冷えとした声で、私の言葉を遮った。